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Vol.43 : ノンワークマンの自主退職(Resignation)時における注意点とケーススタディー

(文責:奥晋之介, Prastuti Verma/Global Japan AAP Consulting Private Limited)

1. はじめに:

1947 年インド産業紛争法第2条のワークマンの定義(注1)に当てはまらない管理や監督業務に従事し、かつ月給が1万ルピーを超える従業員(本記事ではノンワークマンと呼称する)の退職(Resignation)時の注意点について、弊社弁護士の経験に基づく事例を交えてご紹介いたします。

(注1)ワークマン:1947 年インド産業紛争法第2条で、手動、未熟練、熟練、技術、運用、事務業務を行うため雇用されている者、または、監督的作業を行うために雇用されているが、賃金が1カ月当たり1万ルピーを超えない者、と定義されますが明確な基準がなく、個別の判断が必要です。(関連記事:弊社インドお役立ち情報 – B-14. インド人の退職および解雇の手続き)

2. 自主退職(Resignation)の概要と留意点:

通常の自主退職(Resignation):

一般的にインドにおける自主退職(Resignation)とは、従業員の意思表示によってなされる雇用契約の解消であり、裁判に発展する可能性が低く、最も望ましい雇用解消手段とされています。大まかには、従業員が雇用主に対して退職届を提出し、就業規則や雇用契約書および法令に基づいて、最終勤務日までに給与や有給休暇の買取り等の精算を済ませ、雇用関係を解消するといった流れになります。

注意が必要な自主退職(Resignation):

しかし、退職(Resignation)時においても、事後的に紛争に発展するリスクが潜んでいる場合があるため、注意は必要です。例えば、退職に至った経緯(規律違反や職務怠慢等)が退職届に記載されている場合には、事後的に退職した従業員が退職届への署名を強要されたとして民事裁判所に提訴するリスクがあります。また、従業員から提出された退職届等に雇用主への苦情や不満が退職理由として述べられている場合等についても、そのような退職届を即座に受理してしまうことで、退職した従業員が、事後的に雇用主が適切な措置を講じなかったこと等に関して、(時には事実と異なる主張を展開して、)民事裁判所や労働局に提訴するリスクがあります。本記事では、後者にフォーカスし、可能な限りリスクを軽減するために、どのような対策をとるべきかをご説明いたします。

3. 従業員が会社への苦情や不満を原因に退職を希望している場合にとるべき措置:

20名以上のワークマンを従業員として抱える事業所については、1947 年インド産業紛争法に基づいて、苦情解決委員会の設置が義務付けられており、ワークマンに当たる従業員から苦情がある場合には、法令に基づいた適切な対応が求められる一方、ノンワークマンからの苦情への対応については、1947 年インド産業紛争法の適用外となるため、法律上の明確な規定はございません。
しかし、特に退職を希望する従業員が、会社に対して苦情や不満を持ち、ある種の敵意を抱いているようなケースにおいては、退職した従業員が、退職後に事後的に労働局や裁判所に提訴するリスクがあるため、その退職理由や退職届の内容によっては、退職時の対応に注意が必要になります。

(1)  退職届等に退職理由の記載があり、それが会社に対する苦情である場合等には、そのような退職届を即座に受理するべきではない
(2) その退職理由から職場環境に問題がある可能性がある場合には、社内調査(外部機関による調査がより望ましい)を行い、事実関係を確認する
(3)  調査報告書を作成し、退職希望の従業員と話し合いを行う
(4)  当該従業員が調査内容に納得し、かつ引き続き退職を希望する場合には、退職の意思を端的に記載した退職届を提出してもらう
(5)  当該従業員が調査内容に納得せず、かつ会社側には落ち度がないような場合には、退職届とともに当該調査報告書を保管しておく

4. 適切な対応で紛争を防いだ事例:

A社は、製造業であり、同社の工場では450名以上の従業員(そのうち約100名は工場併設のオフィス勤務の従業員)を抱えていました。従業員Bは同社の人事部門のアシスタント・マネージャーであり、月給は約30,000ルピー、同社での勤続年数は約3年間でした。A社は、以前より直近半年近くの従業員Bのパフォーマンスや職務怠慢について不満を抱えていましたが、ある日突然、従業員Bは、A社の社員からハラスメントを受けており、同社で勤務を継続することは困難であるため、退職を希望するとの内容を同社の取締役宛にメールにて連絡してきました。

A社は、当該退職希望を即座には認めず、次の措置を講じました。

(1)  従業員Bの主張する「ハラスメント」についての社内調査
(2)  従業員Bのこれまでの勤務状況についての社内調査
(3)  上述の調査内容と其の調査結果の文書化
(4)  従業員Bへの当該調査結果の提示と話し合い

社内調査は、従業員Bの主張する「ハラスメント」は事実無根であり、従業員Bの職務怠慢の証拠が出てくるといった結果になりました。A社は従業員Bとの話し合いの中で、継続勤務する選択肢も提示しましたが、従業員Bは当該調査結果の内容に納得した態度を示し、退職を選択しました。

ところが、後日、従業員Bは、A社に退職を強要されたこと、A社の社員にハラスメントを受けたこと、監督業務に従事していないため自身はワークマンに当たることを主張し、労働局に訴えを起こします。しかし、労働局は、A社が行なった社内調査報告書の内容を鑑み、従業員Bの主張を退けました。

必ずしも紛争を避けられるという保証はないものの、退職希望の従業員が訴える苦情や不満の内容によっては、適切な調査を行い、それを文書化し、従業員との話し合いを経て、雇用関係の解消に至ることにより、A社の例のように長期的な紛争に発展するリスクを軽減することができます。

5. まとめ:

インドにおいては、訴訟社会であり、かつ裁判に発展すると長期化することや、労働局や裁判所は労働者に有利な判断をしがちであるため、自主的な退職(Resignation)であっても、その内容によっては、雇用関係を解消する際には十分に注意する必要があります。しかし、それぞれのケースの性質に応じて、適切に対応することで、長期的な紛争に発展するリスクをある程度軽減することは可能です。
インドにおける従業員との雇用関係解消時の手続きは、多くの企業様を悩ませているポイントでもあるかと存じます。弊社には、人事労務分野専門の弁護士もおりますので、お困りのことがございましたら、お気軽にお問い合わせ頂けますと幸甚です。

               

執筆者紹介About the writter

奥 晋之介 | Shinnosuke Oku
学生時代に2015年~2018年の3年間、在ベンガルール日本国総領事館にて在外公館派遣員として勤務。その後、インド大手ITサービス企業の日本法人に入社し、製造実行システム導入の構想策定プロジェクトへの参画や提案活動に従事。インド進出日系企業の支援に関わりたいとの想いから、2022年に当社に参画し、再びベンガルールへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や労務、インド市場調査業務を担当。