Indian Personnel & Labour

人事労務

B-11-4 : インド従業員との信頼関係を築くためにマネジメントが気をつけるべきこと(前編)

インド人は日本人と比べて離職率が高いイメージを持たれている方も多いと思います。また、どうすればインド人の離職を防ぐことができるのか、日々頭を悩ませている方もいると思います。
他の国と同様、離職率を下げるためにはスタッフとの信頼関係を構築することが不可欠です。スタッフとの信頼関係構築方法は世界共通の要素もありますが、文化的な背景によるインド特有のポイントもあります。当社には長年に渡り勤務を続けているインド人スタッフが多数在籍していますが、当社の経験を踏まえ、今回と次回の2回に渡りインド人スタッフと信頼関係を構築し離職率を下げるためのポイントをご紹介します。
今回は、報酬や評価、コミュニケーションなど、直接的に仕事と関連するポイントを中心にご紹介します。次回は、多様性の尊重やインドの祝祭日の理解など、よりインド文化に根差したポイントをご紹介します。

1. リーダーシップ

(1)模範を示して導く

何よりも重要なことは、スタッフに期待する価値観や行動をマネジメント自身が体現することで、スタッフの模範となることです。チームメンバーに時間厳守、敬意、品質、誠実さへのこだわりを求めるのであれば、リーダー自身がその手本となるべきです。いくら口頭で説明をしても、マネジメントの言動と行動が一致していなければスタッフからの信頼を得ることはできません。

(2)一貫性をもつ

その場その場での言動が一致していても、長期的な一貫性がなければ信用されません。マネジメントの行動、決定、言動が安定しており、予測可能であることを意味します。もちろん、特にインドの場合は変化が激しいので、ビジネス環境や経営状況に応じて臨機応変な対応をすることは重要ですが、変更があった場合にはスタッフが納得するよう説明を尽くす必要があります。
一貫性のないリーダーシップは、混乱、フラストレーション、信頼の崩壊につながります。たとえ小さなことでもスタッフとの約束を守ることが重要です。インド人は日本人と比べて約束を守らない傾向があるかも知れませんが、だからと言って日本人のマネジメントがインド文化に合わせて約束を守らないのは勿体ないことです。相手がインド人であっても、約束した相手は期待をしますので、約束が守られないと失望が生じます。インド系の企業の中には(給料の遅延や契約条件の一方的な変更など)スタッフとの約束を守らない企業も多いからこそ、約束を守ることで信頼を積み重ねていけば、優秀なインド人を惹きつけることができるかも知れません。スタッフが一貫したリーダーシップを信頼することができれば、会社に対して安心感、評価、やる気を感じやすくなります。

(3)えこひいきを回避する

個人的な好みや人間関係ではなく、実力、業績、定められた基準に基づいて決定することが極めて重要です。えこひいきは信頼を損ない、スタッフの間に不公平感を生み出します。
基準に基づいて全てのスタッフと公平に接することにより、マネジメントに対する信頼感が生まれ、それがスタッフとの長期的な信頼関係に繋がります。これによりスタッフのモチベーションを向上させて離職率を下げることができ、最終的にはより生産性を向上させることができます。

2. コミュニケーション

(1)明確で透明性のあるコミュニケーションをする

マネジメントは、組織の目標、戦略、課題、計画、決定に関する情報を迅速にスタッフへ共有することが重要です。組織の状況をオープンにすることでスタッフは会社やマネジメントを信頼することができます。
そのうえで、スタッフに明確で具体的な指示、期待、目標を与えましょう。スタッフは、組織の状況と自分に与えられた責任や権限を明確に理解することで、組織に対して効果的に貢献するために自分が何をすべきか理解することができます。なぜこの業務が重要なのか、クライアントは何を期待しているのか、この業務が終わらなければどのような問題が起こり得るのか、業務を取り巻くストーリーを語ることで業務に対する理解が深まります。この納得感はとても重要です。インド人は特に論理性を重視しますので、「これは本社の指示なので、とりあえず従ってください」といった根拠の不明確な指示を伝えても期待通りには動いてくれません。

(2)スタッフが安心して懸念、アイデア、フィードバックを共有できる環境を醸成する

スタッフが安心して意見を言えることを奨励されるような職場風土を作ることも重要です。スタッフが安心して自分の考えを共有できれば、問題解決やチームワークの向上、さらにはイノベーションにつながります。そのときに最も重要なことは、失敗に対して責めるのではなく、挑戦したことに敬意を表し、同じ失敗を繰り返さないために改善できることを一緒に考えることです。
「オープンドアポリシー」(マネジメントが常にドアを開けておき、スタッフがいつでも気軽に話しかける状況にしておくこと)を奨励し、スタッフが報復を恐れることなく、懸念事項、アイデア、提案などを打ち明けられる環境を整えましょう。

(3)組織とスタッフの長期的ビジョンを共有する

スタッフには、会社がどのようなビジョンを持ち、どこへ向かっているのかを明確に理解してもらう必要があります。日本でも最近は終身雇用制が崩壊しつつあると言われますが、インド人は日本人以上に会社にキャリアを預けるという考え方を持ち合わせてはいません。従って、各スタッフがどのようなキャリアプランやビジョンを持っているのかをマネジメントが理解し、会社のビジョンと擦り合わせをすることで、各スタッフに「この会社での業務経験を通じて自分自身のビジョンを実現することができる」と理解してもらう努力が大切で、このすり合わせのプロセスが各スタッフのモチベーションを上げることにつながります。

(4)傾聴と共感

スタッフにとってマネジメントが親しみやすい存在であることは重要です。スタッフの話を傾聴し、共感を示すことは、スタッフの感情や幸福を理解し、気遣うことです。それは、スタッフの懸念に積極的に耳を傾け、彼らのニーズに敏感になり、思いやりを示すことを意味します。
スタッフと接しやすく、彼らの懸念に迅速に対応しましょう。特にインドでは、仕事上のことだけでなくプライベートの話でも心を開いて話してもらえる関係になると、仕事上の関係もスムーズになります。スタッフの家族や友人関係などの話も興味を持って傾聴することが重要です。

(5)懸念事項への迅速な対応

スタッフから質問や相談を受けたら、迅速に対応することが重要です。そうすることで、マネジメントがスタッフの懸念を大切にし、スタッフが直面するかもしれない問題の解決に全力を尽くしていることを示すことができます。迅速な対応は問題の拡大を防ぎ、職場環境の改善につながります。
スタッフから迅速に相談してもらえるようにするためにも、日頃から信頼関係を構築し相談しやすい雰囲気を作っておくことが重要です。

3. 公正な処遇

(1)業界標準に沿った給与と福利厚生を提供する

優秀な人材を惹きつけ、維持するためには、競争力のある待遇を提供することが不可欠です。これは、同業他社や同地域の企業が同様の職務に対して提供している水準に見合った給与を支払い、福利厚生を提供することを意味します。福利厚生には、医療保険、退職金制度、ボーナス、その他その業界で一般的に提供されている特典を含みます。

(2)定期的な給与見直しと昇進の機会を提供する

長年に渡り実質賃金が上がらない日本とは異なり、インドは年々経済成長を続けており、物価も上昇しています。一般的にインド人スタッフは10%近くの昇給を当然に期待しており、期待した昇給を得られなければ容易に転職をします。定期的な給与見直し(一般的には年に1度)と業績評価は、スタッフの会社に対する貢献を認め、それに報いるために不可欠です。またスタッフのモチベーション向上のため、昇進の機会を示し、キャリアアップするための明確な道筋を示すことが重要です。

(3)報酬体系と昇給の方針について明確にし、透明性を確保する

報酬に関しては透明性が重要です。報酬体系が曖昧だと、スタッフはどのような方向性で努力すれば良いのかが分かりません。経験、業績、市場環境など、給与に影響を与える要素を含め、自分の給与がどのように決定されるかを理解することで、会社が目指す方向性と自分自身の努力すべき方向性を理解することができます。
報酬の決定方法だけでなく、昇給のタイミング、ボーナスやインセンティブ・プログラムなど、組織の報酬方針全般を明確に伝えましょう。

4. スタッフの能力開発

(1)スタッフが新たなスキルを習得できるよう、能力開発プログラムに投資する

スタッフの能力開発は、スタッフの成長と会社の成功のための戦略的投資となります。これには、スタッフが新しいスキル、知識、能力を習得する機会を提供することが含まれます。研修プログラムには、ワークショップ、セミナー、オンラインコース、OJT、正式な教育など、さまざまな形態がある。
日系企業は、日本人スタッフに対しては、終身雇用を前提に長期的なビジョンで様々な研修を実施することが多いですが、「インド人はすぐに転職してしまうだろう。研修をしてすぐに転職をされたら損をすることになるから、インド人に対して研修をする必要はない」と考えてしまいがちです。確かに、日本人に比べるとインド人は転職をする確率が高く、自社スタッフの能力開発に熱心なインド企業は日本企業に比べると少ないと言えます。
しかし、だからこそ能力開発に力を入れることで他社との差別化が可能となり、優秀なインド人の離職を防ぐことができます。それでも転職してしまう人はいるかも知れませんが、「退職=会社を裏切る」ということではなく、退職後のスタッフとも良好な関係を築くことでビジネスチャンスを広げられる可能性もあります。そのためには、組織の目標だけでなくスタッフの個々のキャリア志向に沿った研修であることが望ましいと言えます。

(2)継続的な学習を奨励・支援する

今日の急激に変化するビジネス環境において、スタッフが進化するテクノロジー、業界トレンド、および職務要件に適応するためには、継続的な学習が不可欠です。継続的な学習習慣が定着することで、各スタッフが自発的に新しいビジネストレンドを吸収していく企業文化を創り出すことが可能になります。これにはマネジメント自身が模範となり新しい技術やトレンドを吸収する姿勢を示すことが重要です。

(3)メンターシップ

外部研修のほかに、マネジメント自身もしくは社内スタッフがメンターとして自分の経験、知識、アドバイスを共有し、スタッフのキャリアアップを支援することで、スタッフのモチベーションアップに繋がります。これには、フィードバックの提供、コーチング、キャリア目標の設定と達成の支援などが含まれます。

次回は、よりインド文化に根差したポイントについてご紹介したいと思います。

執筆者紹介About the writter

田中 啓介 | Keisuke Tanaka
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。

人事労務

B-11-1 : インド人ってどんな人?〜9 Quqestions〜

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B-11-3 : インド人材採用のポイント!〜失敗しない経理スタッフ採用のカギ〜

B-11-4 : インド従業員との信頼関係を築くためにマネジメントが気をつけるべきこと(前編)

B-11-5 : インド従業員との信頼関係を築くためにマネジメントが気をつけるべきこと(後編)

B-12 : インド人の雇用手続きおよび給与について

B-13. インド労働関連法規の基本的理解と各種コンプライアンス

B-14 : インド人の退職および解雇の手続き

B-15 : インドに赴任する日本人駐在員の給与支払スキームの検討と整備すべき書類

B-16 : 日印社会保障協定について理解しておくべきポイント