Indian Personnel & Labour

人事労務

B-11-7:日本とインドの文化的価値観の違いについて考察する(達成志向・時間志向・人生の楽しみ方)

(文責:田中啓介、記事執筆協力:R Naresh, Prastuti Verma, Y Yamuna)

日本と関わるインド人から見た日本の印象(後編)

前回に引き続き、日本企業で働くインド人から見た日本の印象について、弊社インド人スタッフへのアンケート結果に基づき、ホフステードの6次元モデルを参考にしながら日本とインドの文化的な違いについてご紹介します。

ホフステードの6次元モデルとは?

6次元モデルとは、世界的権威であるオランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード(Geert Hofstede, 1928 – 2020)が提唱した、国民文化の違いを相対的に比較できる指標です。国民文化に関する6つの各指標が0点から100点で表され、50が平均、そして数字が大きくなればなるほどその傾向が強いとされます。まずは、6つの各指標の結果を見てみましょう。

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Country Comparison

 

本記事では、6つの指標のうち達成志向、時間志向、人生の楽しみ方という3つの指標をご紹介します。

4. 達成志向 (Masculinity vs Femininity : MAS)

これは目標達成や仕事、あるいは、生活の質や他者への配慮を重視する度合いを表していて、スコアが高いほど結果へのコミットメントが高く、競争力や向上心を美徳と考える傾向にあることを表します。一方で、このスコアが低いほど生活の質を優先し、目標達成のためには謙虚に協力をすることを美徳と考え、相互扶助を大切にする傾向にあることを表します。

【日本:95】

・目標達成や期限を何よりも優先。長時間労働も当たり前。継続的改善を重視する。

・成功には、しばしば個人の成果や会社の業績に直結する目標達成が含まれる

【インド:56】

・成果は重要だが、社会的・家族的成功も重視される

・成功には、しばしば物質的な豊かさ、社会的地位、家族の幸福が含まれる

 

【弊社スタッフのコメント】

  • インド企業と比較して、日系企業は従業員の勤務スケジュールを正確に管理する。
  • インドでは、時間はより柔軟にとらえられる。時間の遅れや延長はよくあることで、時間厳守はそれほど厳密ではないかもしれない。一方、日本では時間を守ることは非常に重要である。会議や締め切りに遅れないことは、敬意とプロ意識の表れと考えられている。
  • タスクを完成させ、日本の経営陣に報告すると、仕事を通じて得た知識や経験をメンバー全員に共有するよう指導する(全員が一つのチームであるため)。
  • 日本人は常にリスク予測と予防的思考を持っており、社会的調和と勤勉さを重視しているように感じる。

実際にインド人からの視点でも、日本人の目標や期日に対する意識が高く見えていることがよく分かります。ここから私たち日本人が学ぶべきことは「できる」という言葉の定義の違いです。日本では結果に対するコミットメントが当然のこととされているので、一度「できる」とコミットしたことを達成できなければ責任を追及されますが、インドではチャレンジする精神が重視されるため、少しでも可能性があれば「できる」と言います。したがって、インド人の「できる」を日本人と同じ認識で捉えないようにすることが重要です。

これは、インド人に対して日本人と同様の成果を求めるには、目標達成に至るまでのプロセスと達成思考マインドの育成が必要となることを意味しています。例えば、時間厳守や進捗状況の報告などは日本では当然のこととされていますが、インド人にとっては必ずしも当然とは言えず、時間を守り、進捗を報告する習慣づくりから始める必要があります。

5. 時間志向(LTO: Long-term Orientation vs. Short-term Orientation)

長期的視点で物事を考えるか、つまり、望ましい未来に到達するために自らを適応させる準備ができている度合いを表す指標で、このスコアが高い国ほど長期的視点を持ち、5年後、10年後への影響を強調する傾向が強くなります。一方で、このスコアが低い国ほど、数ヶ月後への影響を強調する傾向が強く、早く結果を出すことが優先されます。

【日本:88】
・長期的な目標、忍耐、倹約を重視する
・未来志向で、長期目標に対する計画性と持続的な努力を重視する
【インド:51】
・長期的な計画と短期的な現実主義の混合である
・長期的な関係と伝統を重んじるが、変化に対して柔軟に対応できる

【弊社スタッフのコメント】

  • インド人は3年程度で転職する人が多いが、日本人は同じ企業で10年以上勤める人が多い
  • インドは離職率が高いため、従業員の引き留めのために一定のコストがかかる
  • 日系企業では幅広い関係者に根回しが必要で、関係者の合意に基づく意思決定を行う
  • 日本企業では、全ての人の意見が考慮されるよう、ゆっくりと慎重な意思決定プロセスを踏む。

前回の記事でご紹介した「1.権力格差(PDI: Power-Distance Index)」にも関連することですが、インド企業はトップダウンで臨機応変に意思決定や行動をする傾向があるのに対し、日系企業は稟議や根回しを通じて時間をかけて意思決定をする傾向にあります。つまり、日系企業の意思決定は時間がかかるというデメリットがある反面、全員が納得した上で合意をすることができるというメリットもあると言えるでしょう。IT業界で言われる日本のウォーターフォール式の意思決定はスタートアップ企業のように変化の速い世界で臨機応変かつ迅速に対応をする上では不向きである可能性がありますが、長期にわたる研究開発や大規模なプロジェクトを計画通りに進めていく際にうまく機能すると言えます。日本人とインド人がそれぞれの強みを活かして協力することにより、効率と成果を同時に追い求めたり、新しいイノベーションを起こせる可能性もあるのではないでしょうか。

6. 充足的と抑制的(IND: Indulgence vs. Restraint)

人生を楽しむことに対して社会が寛容であるかどうかを表す指標で、スコアが高いほど人間の基本的欲求を比較的自由に満足させることができ、社会が寛容であること、職場における楽観主義やポジティブシンキングを重視することを表します。一方で、このスコアが低いほど、それらの欲求を抑制し厳格な社会的規範によって規制する必要があると考え、職場では悲観主義で真剣な姿勢こそがプロフェッショナルの証であると考える傾向にあります。

【日本:42】
・自制心、努力、忍耐を重視する
・仕事や社会的義務に比べ、余暇や楽しみの優先順位が低い
【インド:26】
・社会や家族、所属するコミュニティにおける義務や責任を何より大切にする
・社会のお祭りや家族のお祝いは、贅沢なひとときを提供する重要な役割を果たす

【弊社スタッフのコメント】

  • インド人は仕事とプライベートとの境界線を押し広げ、長期的な関係を築くためにカジュアルな会話をすることがある。一方の日本人は、会議には早めに到着し、無駄な会話をせず、正式なプロトコルに従う。
  • 日本人の生活は働くことを中心に回っている。1日12時間から18時間働くのが普通である。しかし、インドでは仕事を中心にしつつも、交通事情や政治など他の要素も考慮する必要がある。
  • 日本人はインド人と比べて職場で静かにしている
  • 日系企業ではワーク・ライフ・バランスが重視され、従業員が仕事と私生活を両立させるためのサポートが充実している。このアプローチには、フレックスタイム制、有給休暇、その他健全なバランスを支援してくれるアイデアが多い。インド企業ではワーク・ライフ・バランスは注目されているが、組織文化によって大きく異なる。

インド人から見ると、日本人の生活は仕事を中心に回っており、勤務時間中に業務外のお喋りをしないなど、仕事を最優先にする傾向があるように見えるようです。日本人から見ると、仕事よりも家族や友達を優先するインド人は自由に見えるかも知れませんが、インドには日本とは異なる社会規範が存在します。インドの充足指数のスコアは決して高くなく、ホフステードの6次元モデルではインドの方が日本よりも抑制的な社会と結論づけられています。インド社会は日本社会ほど会社や仕事による抑制が強くない傾向にある代わりに、家族関係や地域社会、宗教などによる抑制が日本よりもかなり強い影響を与えていると考えられます。意外かもしれませんが、日本人以上に自身を抑制し、仕事よりも家庭や地域社会を優先しなければならない社会的背景を持つインド人スタッフの事情を幅広く理解してあげることが、インド人とのビジネスを円滑に進めるポイントの1つと言えるかも知れません。

以上、日本とインドの主な文化的違いについて、ホフステードの6次元モデルと弊社スタッフの率直な印象を基にご紹介いたしました。皆さんもインド人の友人や従業員と話をしている中で考え方の違いに直面したり、うまく意思疎通ができなず違和感を感じることも少なくないと思います。そんな時にこのホフステードの6次元モデルは、相手との違いに橋をかけるための行動指針になるかもしれません。

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インドにおけるオフショア開発と文化的適合性〜日本企業によるインドIT人材活用戦略〜

 

執筆者紹介About the writter

田中 啓介 | Keisuke Tanaka
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。

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