"Focus" Indian Startup

スタートアップのインド戦略

Vol.07 : 激動のインドヘルスケア市場(③医療ロボット編)

医療ロボット・ドローンを扱うスタートアップ4選
〜「非接触」でコロナ感染拡大防止に貢献〜

1. コロナ禍で加速する医療ロボットの導入

インドの医療には都市部と地方で大きな格差があります。都市部には最新の医療を受けられるプライベート病院があり、先進国の人々が高度かつ安価な治療を受けるため「医療ツーリズム」でインドを訪れています。一方、地方都市、特に貧困地域での医療の整備はインドの長年の課題です。医師の数や医療従事者が慢性的に不足しており、政府系の病院の設備は古く、決して衛生的とは言えません。医師の負担を減らしつつ安定した質の医療を地域問わずに提供するため、またコストや時間節約のためにも医療のオートメーション化に迫られている側面がありましたが、なかなか実現には至っていませんでした。

医療ロボットの導入を急速に進めることとなったきっかけが新型コロナウイルス(以下コロナという)の感染拡大です。コロナの感染者が爆発的に増えた2020年4月以降、病院内の隔離導線の引き方の甘さなどの対策不足から、院内感染がインド各地で多発しました。この事態を受け、医療従事者のリスクを減らすことが問題となりました。そこで、院内感染を抑制・防止するために様々な医療ロボットがただちに開発され、現場に投入されるようになったのです。

2. 「非接触」に期待が高まる「医薬品配達ドローンの実用化」

「非接触」「医療」の文脈で注目を集めているものの1つにドローンが挙げられます。2016年からルワンダでドローンの輸血用血液配達事業を開始したアメリカのZipline社が、マハラシュトラ政府とドローン医薬品配達の実現に向けて注力しています。Zipline社をはじめ、インド各地でドローンの実用化プロジェクトが進められています。

2018年12月にはインド民間航空省が商業用ドローンの飛行について規定しました。飛行高度制限(地上から約122mまで)や時間制限(夜間の飛行禁止)などが定められ、重さによって機体の分類がされています。そして、通称「NP-NT (No Permission, No Take-off)」と呼ばれるルールも含まれており、飛行ごとにアプリやWebで「Digital Sky」にアクセスし、許可を得なければならないことが明文化されました。Digital Skyはインド民間航空省が運営するITプラットフォームで、ドローンの飛行に関する各種申請を一括で管理しています。2020年10月時点ではドローンに荷物を積むことは禁じられているものの、インド民間航空省はドローン配達の実現にも前向きな姿勢を示しています。

また、現在は外国人によるドローンの飛行は認められていません。しかし、商用利用の場合には事前に飛行許可を申請し、貸与された機体でならば飛ばすことができるようです。マーケットインテリジェンスを専門とするインド・デリーのスタートアップBIS Researchによると、ドローン市場は2021年には8億5700万ドル(約900億円)に成長する見込みで、市場が大きくなるとともにドローンによる食料・医薬品配達の導入実現にも期待がかかっています。

3. 非接触型医療ロボット・ドローンを扱うスタートアップ4選

1. 訪問客の体調管理ロボットを開発 -「Invento Robotics」

会社名   :Invento Markerspaces Private Limited
設立年   :2016年
拠点       :ベンガルール
CEO       :Balaji Vishwanathan
公式HP :https://mitrarobot.com/covid/

Invento Roboticsは2017年にヒューマノイド「Mitra」を開発しました。銀行などで接客を行うための仕様だったのですが、コロナの感染拡大を受け医療用に改良が加えられました。訪問客の写真撮影や個人情報の確認に加え、体温や脈拍をはかる機能が加えられ、スクリーニングにひっかかった場合にはその場で医者に取り次ぐことが可能です。ケララ州コチに拠点を置く「Asimov Robotics」も、「KARMI-Bot」という類似のロボットを発表しています。


(Asimov RoboticsのKARMI-Bot)

Invento Roboticsは新たにコロナ対策ロボット「Robodoc」もリリースしました。病院内のコロナ患者の隔離ゾーンを自動で動き周り、顔認証機能を使用し、非対面で医者が患者の様子を観察することができます。また、患者の体温測定や2kg程度までの荷物の運搬も可能で、医者や看護師たちの負担を減らすことに貢献しています。

 

2. 消毒ロボット「iMap9」で院内感染を防止 -「Milagrow」

会社名   :Milagrow Business & Knowledge Solutions Private Limited
設立年   :2012年
拠点       :グルガオン
CEO       :Rajeer Karwal
公式HP :https://milagrowhumantech.com/

Milagrowはテクノロジー開発も進めるコンサルティング会社で、同社の「iMap」は当初、家庭用清掃ロボットとして発表されました。2020年3月ごろからコロナの感染が急激に拡大しましたが、不十分な消毒やPPEキットの不足など、病院の感染対策が十分とは言えない状況が続きました。結果、多くの病院がホットスポットとなってしまったのです。

そこで、Milagrowは医療従事者を感染から守ためiMapを改良しました。「iMap9」は人のコントロールなしで床をくまなく動き回り、次亜塩素酸で消毒します。また、同社の説明によるとiMap9はマイナスイオンを発し、マイナスイオンが空気中のウイルスを不活性化して床に落とすため、効率的な消毒が可能とのことです。高度な設備を誇る病院チェーンであるニューデリーのFortis Hospitalでは実際にiMap9が稼働しています。

他にも、ウイルスの不活性化効果が高い一方で人体には有害となりうる254nm紫外線を使った消毒ロボットなどがインド各地で使用されています。たとえば、PM2.5を吸収して大気汚染改善をはかるロボット「-2.5」を開発したPerSapien社も、紫外線を床に照射する消毒ロボットを発表しました。

 

3. 病院に消毒用ドローンを導入 -「Garuda Aerospace」

会社名   :Garuda Arerospace Private Limited
設立年   :2016年
拠点       :チェンナイ
CEO       :Vimal Raj
公式HP :https://www.garudaaerospace.com/

Garuda Arerospaceはドローンなどの無人航空機を扱うスタートアップで、ドローンを農薬散布機として活用していることで知られています。コロナの感染拡大後は、ドローンを病院やバスの駅の消毒にも役立てています。消毒液を20kg背負うと、人間は1度の消毒で総計4〜5kmの距離を動き回るのが限界と言われています。しかし、ドローンなら1度の飛行で20kmをカバーすることができ、「人件費の削減にもつながる」と、同社はコストパフォーマンスのよさを積極的にアピールしています。

また、医療品の配達計画も進められています。まだ実用化には至っていないものの、配達作業には「ハイブリッドドローン」を使用する予定とのことです。ハイブリッドドローンはバッテリーとガソリンの両方を動力源としている分長く稼働することができ、ドローンの活躍の幅が広がっている今、大きな期待がかかっています。

 

4. 医療品や食べ物のドローン配達実現を目指す「Marut Dronetech」

会社名   :Marut Dronetech Private Limited
設立年   :2019年
拠点       :ハイデラバード
CEO       :Prem Kumar Vislawath
公式HP :https://marutdrones.com/

テランガナ州・アンドラプラデシュ州の政府や大手病院のApollo Hospitalとタイアップして事業を進め、ドローン市場で存在感を示しているのがMarut Drontechです。もともとは農薬散布や殺虫剤散布にドローンを利用していましたが、ロックダウンで乱れた食料品・医薬品のサプライチェーンや感染の危機にさらされる医療従事者を守ろうと立ち上がりました。

Marut Drontechによるドローンの主な用途は「消毒」「監視」「配達」の3つです。Garuda AreroSpace同様Marut Dronetechも病院や空港、倉庫などの消毒にドローンを利用し、感染者の隔離ゾーンではドローンによる監視も行っています。そして、食べ物や薬など、必需品の配達にもドローンの活用が進められています。感染者の多い地域に出向かなければならない配達人の感染リスクを減らすだけでなく、8分で12kmの距離を飛行できるため従来の方法よりも約80倍も速く配達を完了させることが可能です。

顔認証機能やソーシャルディスタンスの測定、マスクの使い方の適切さや体温などを分析する機能もドローンに搭載されており、活躍の場をさらに広げていくことが期待されています。

 

4. インドの「非接触」医療の今後

インドでも他国同様最新技術を使った非接触の医療の必要性に迫られています。しかし、医師の個人能力に頼る部分が未だに大きく、テクノロジーの積極的な導入にはまだ多くの課題が残されています。それでもコロナの拡大を受け、均質で高い水準の医療の提供と医療従事者の安全を両立しなければならなくなりました。そこで鍵となるのがAIと医療ロボットです。医療ロボットやドローンを利用すると医療従事者を感染から守ることができ、消毒作業や訪問客のスクリーニングなどの精度も上がります。AIを活用した画像解析による診断の正確性の向上や、ビッグデータを利用した感染状況のマクロ的判断や感染予測などもコロナと戦うために欠かせません。
また、通信面では5Gも非接触を進める追い風となりえます。まだ時間がかかるかもしれませんが5Gが普及すれば医師間でコミュニケーションを取る際、より多くのデータの共有をよりスピーディーにできるようになるため、場所にかかわらずに医療の質を保つことにつながります。
人件費が安いインドでは何でも人力でまかなうことを“良し”としがちですが、コロナによって医療でも方針転換が求められています。長年の課題である都市部と地方の医療格差の是正に対しても、テクノロジーを積極的に導入することでさらなる医療の非接触化、遠隔化が進むことを期待したいと思います。

               

監修者からのコメント

急速に進む医療現場におけるテクノロジーとAIの活用
非常に多くの人口と広い国土を持つインドにおいて、医療関連の課題の多くは、「時間的・物理的な距離(=アクセシビリティ)」に起因するものとなっており、その改善にはテクノロジーとインターネットの活用は必須であり、大きく普及が進んできています。中でもAIの活用に関しては、多くの人口を抱える(=多くのデータにアクセスできる)という点と、非常に多くのデータサイエンティストやソフトウェアエンジニアを輩出しているというインドの特性上、他の先進国と比べても有利なポジションにあり、世界的に見ても進んだ取り組みをするスタートアップが多く生まれています。例えば、AIを活用して乳がんの早期発見支援を行うNiramai社は「非接触型、携帯型、非侵襲型、無放射線」のソリューション」としては世界でもトップレベルの技術を誇っており、既に米国でも多くの特許を取得しています。このNiramai社には、日本からも東京大学エッジキャピタルやドリームインキュベータといった投資家が参画しています。また、レントゲンやMRIなどの放射線科医療をAIを活用して自動化・遠隔化するソリューションを提供するSynapsica社は、インドだけでなく米国など世界中の医療機関のスキャンデータを格安で大量に解析していくことでその精度を飛躍的に向上させてきており、こちらも世界でもトップレベルのソリューションプロバイダとなってきています。このように、インドは「医療×テクノロジー・AI」といった掛け合わせのスタートアップが飛躍的に成長しやすい土壌を有しており、今後、世界へと羽ばたく医療系スタートアップが数多くインドから生まれていくことが期待されます。また同時に、このようなリープフロッグ現象が起きやすい領域でもあるので、日本の医療機関や医療系企業にとっては、「インドを巨大なR&D拠点として捉え直す」というアプローチも有用だと想定されます。

村上 矢

監修者:村上 矢

野村證券グループの東京及びNY拠点にて一貫してIT/インターネット領域のスタートアップを担当。多くの企業をIPOへと導く。2014年にインドへと移り、現地にてスタートアップ立ち上げを経験。2016年にIncubate Fund Indiaを設立し、ジェネラルパートナー就任。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 政治学専攻、歴史学副専攻 卒

Incubate Fund Indiaは創業初期のインド企業への投資に特化したベンチャーキャピタル。日本で200社を超えるスタートアップ企業をサポートしてきたインキュベイトファンドの投資哲学とノウハウを活かしてインド企業への投資と成長支援を行なっている。これまでに15社のインド企業への投資を実行。日本人投資責任者がインド現地に常駐する稀有なファンドとして、投資だけでなく日印間の企業連携などへも積極的に貢献している。

法律面からのアドバイス

             

医療ロボットを定義するレベル設定という考え方と新たな標準規格
法律面から医療ロボットを考えたとき、まず医療ロボットとは何かという問いから始まることになるかと思います。人間の行為を一部支援するものから完全に自律的に動作するものまであるなかで、どの部分の話をしているのかを意識することが大切です。レベル1からレベル5まで明確にレベル分けされた自動車の自動運転技術のような考え方がこの分野でも当てはまるのかもしれません。

人間の行為を一部支援する医療ロボットがインドで活用されている事例として、ロボット外科手術が挙げられます。この分野のリーディングカンパニーであるIntuitive Surgical社のda Vinci外科手術システムが2002年にデリーの病院に導入されて以来、現在インド全国で70台のシステムが導入されており、500名以上の外科医がda Vinci外科手術システムを用いたロボットアームによる外科手術の訓練を受けています。2019年にはチャンディーガルの医学教育研究大学院(PGIMER)がアジアで初めてとなる新生児に対するロボット外科治療を成功させました。また別のロボット外科手術システムでは、患者から32km離れた場所で心臓外科医がジョイスティックを操作しながら冠静脈形成に成功した例も報告されています。このような高度なシステムは、非常に高価な点が導入のネックとなっていましたが、ここ数年でIntuitive Surgical社の主要特許が満了したため、今後多くのプレイヤーが参入して競争が加速し、導入しやすい価格帯になっていくのではないかと期待されます。AI技術の発展とともに自律的に動作する方向にシフトし、事故の際の責任の所在のような問題についても今後議論されていくことになるかと考えられます。

また、そのような医療ロボットを含めた医療機器に対する規制として、中央医薬品基準管理機構(CDSCO)が公布したインド医療機器改正規則2020が挙げられます。製造業者や輸入者は、付則で定められるものを除き、CDSCOが開設するオンラインポータルで医療機器を登録することが義務付けられます。この他、2019年にインド規格協会(BIS)が医療機器に関する新たな標準規格IS23485を公開しました。これは、品質管理システム要件及び医療機器の安全と性能に関する基本的な原則を示したものであり、インドで医療ロボットを扱う際には注視すべきものだと考えられます。
AsiaWise Groupでは、今後もインドのテクノロジーやそれに関連する規制の最新動向を情報提供して参ります。

田中陽介

アドバイザー:田中陽介

外資系メーカー知的財産部、特許事務所を経て、2019年AsiaWise Groupに加入。2010年より東南アジア、南アジアを拠点都市、医療機器、情報通信技術分野の特許調査や権利化をする一方で、新興国におけるテクノロジーの社会実装、デジタルエコノミーの動向を調査。京都大学工学修士(電子工学)シンガポール国立大(知的財産コース修了)

 
AsiaWise Groupは、法律、知的財産権(IP)分野のサポートを提供するアジア発のクロスボーダー・プロフェッショナル・ファームです。インド(グルガオン・バンガロール:Wadhwa Law Office)に加えて日本(東京:AsiaWise法律事務所)、シンガポール(AsiaWise Cross-border Consulting)にオフィスがあります。最近では日本企業のDX分野のサポートに注力しています。