"Focus" Indian Startup

スタートアップのインド戦略

Vol.08 : コロナ禍で動き始めたインド・オーガニック市場の潮流

コロナ禍で動き始めたインド・オーガニック市場の潮流

1.世界市場における有機食品の最大サプライヤー国・インド

世界的なオーガニック需要は年々増加傾向にあります。その需要に伴いインドは対アメリカやヨーロッパ諸国を中心に有機食品の大幅な輸出を行っており、世界市場に有機食品を供給する最大サプライヤー国の一つとして注目されています。また、インドは、世界有数の農業大国で、総労働数の約55%にあたる約2億6300万人が農業従事者であり、その内有機農家は1000万人以上と見られています。

英国に本社を持ち、電子メディア”India Global Business”やTVニュースメディア“India Global Week”を持つIndia Inc社の記事によると、2017~2018年におけるインドのオーガニック食品輸出額は5億ドル(約523億2750万円)以上であり、前年比39%増加と成長し続けています。主なインドの有機輸出品は有機オイルの種子、穀物やミレット、砂糖、果汁濃縮物、お茶、スパイス、豆類、ドライフルーツ、薬用植物製品などが挙げられます。

2.インドの有機農業を支えたナラヤン・レディ氏

インドの有機農業

少し話は変わりますが、インドの有機農業に“ある一人の日本人”の影響があったという事実をご存知でしょうか?その人物とは、有機農業家である故人・福岡正信氏(享年95歳)。四国・愛媛で自然農法を提唱し、60年もの間自然農法を提唱し続け、日本の有機農業の発展にも大きな影響を与えた人物です。

無農薬・不耕起・無肥料・無除草を原則とした福岡氏の農法は、農業専門家や農家から高い関心を集め、福岡市は1975年に自然農法と哲学を綴った著書「わら一本の農業(The One Straw Revolution)」を出版。出版後は大きな反響を呼び、英語やフランス語など各国の言語で翻訳され、世界30カ国にて読まれています。

インドの有機農業を支えたNarayana Reddy(以下、ナラヤン氏)は、福岡氏の著書をきっかけに有機農業に興味を抱くようになりました。その後1979年から農場での化学薬品使用をやめ、有機農法に切り替えました。ナラヤン氏は持続可能な農業そして有機農業を推奨しており、1992年には欧州委員会(EC)の代表者がナラヤン氏の農場を訪れ、彼の有機農業の技術を視察したり、ECはベルギーのブリュッセルで開催された農業セミナーにナラヤン氏を招待するなど、ナラヤン氏は世界においても有機農業の著名な推進者の一人でした。

ナラヤン氏に有機農業を始めるきっかけを与えた福岡氏は、1988年にNGOを通じて彼の農場を訪問したりと実際に交流もありました。ナラヤン氏は福岡氏を「一番大切な先生」と述べる程尊敬しており、いかに福岡氏がナラヤン氏に多大なる影響を与えたか見受けられます。

3.パンデミックによるインド国内オーガニック需要の高まり

インド国内オーガニック需要の高まり

前述の通り、これまでは海外への輸出が中心だったインド国内のオーガニック生産ですが、インド国内市場におけるオーガニック需要も、健康意識の高い富裕層を中心にここ数年で高まりを見せ始めています。更に、新型コロナウィルスのパンデミックの影響で、インド国内においても食への安全性を重要視する消費者が増加しており、インド国内におけるオーガニック需要が急激に加速しています。

インド国内でオーガニック野菜のデリバリーを手掛ける日系スタートアップ・Hasoraの調査によると、オーガニックフードデリバリーを展開するインド国内スタートアップのI say organicのCEO・Asmeet Kapoor氏は、ロックダウン後の売り上げはロックダウン前と比較し約2倍となったと語っています。また、デリーNCRを中心に食料品売り場を展開するModern Bazaarでは、ロックダウン後オーガニックセクションの売り上げがロックダウン前と比較し20%増加したと同調査にて語っています。

インド商工会議所協会・ASSOCHAMの調査によると、インド国内のオーガニック市場は2019年が120憶ルピー(約180億円)以上であったことに対し、2020年は昨今のパンデミック需要により200憶ルピー(約300憶円)を超えると予想しています。また、業界関係者によると、同市場の2020-21年の成長率は、少なくとも20~25%であり、来年度は約300億ルピー(約450憶円)にまで成長するものと見込まれています。パンデミック終息後も同市場は人々の健康意識の高まりにより、更なる成長を続けると見られています。

4.コロナ禍で注目された「Farm to Fork(F2F)」とその背景

インドのFarm to Forkフードシステム

新型コロナによるパンデミックにより、インドを含む世界各国で食への安全意識が高まり、「Farm to Fork」フードシステムが注目を集めています。「Farm to Fork」とは、「農場(Farm)から食卓(Fork)まで」を意味しており、生産から流通・消費者へ届くまでのフードシステムを指し、農家から小売店までのステップを最小限にすることを目的としています。また、このフードシステムは農家の生産物を最大化するメリットもあり、農家の収入を最大化するとともに作物の損失を最小限に抑える事が出来る方法としても考えられています。

新型コロナウィルスの感染が拡大する状況において、インドでは2020年4月頃から各地の野菜市場にてコロナウィルス陽性者が次々と発生し、人々が多く集まる野菜市場はコロナ感染クラスターの温床となっていました。

地元メディアであるTHE HINDUによると、2020年4月下旬にはデリーにあるアジア最大の野菜市場・Azadpur Mandi市場で、立て続けにコロナウィルス陽性者が発見され、報道時点で少なくとも15名同時期に発見されていると報道されました。また、2020年5月初旬には南インド・チェンナイにおいても野菜や果物の卸売拠点であるKoyambedu市場で、ベンダーや労働者からコロナウィルスの陽性者が相次ぎ、報道時点で少なくとも43名の感染が報道されています。インドではこうした事実を受け、新型コロナをきっかけに人々の食への安全意識が高まりを見せており、Farm to Forkのような産地直送型モデルに注目が集まりつつあります。また、インドのフードスタートアップ各社はこのFarm to Forkモデル導入を積極的に進めています。

なお、このFarm to Forkは2007年からすでに存在していた概念ではあったものの、昨今の新型コロナウィルスによる食への安全性の高まりを受け、インドを含む全世界的に注目を集めています。実際に、欧州委員会では新型コロナの影響を受け、2020年5月に「Farm to Fork戦略」を発表し、フードシステム全体の改革を目指すとしています。

5.インド最大財閥リライアンスもFarm to Forkモデルに注目

インド最大財閥も注目の農業

インド民間部門で最大規模を誇るリライアンス財閥の中核事業体であるリライアンス・インダストリーズは、新型コロナの影響を受け、テクノロジーを活用したFarm to Forkモデルの拡大への取り組みを行っています。

リライアンス・フレッシュやその他店舗への小売供給をはじめ、Reliance RetailとJio Platformsの合弁会社としてスタートしたインドのオンライン食料品宅配サービス・JioMartを通じたEコマース事業では、Farm to Forkモデルを基にサプライチェーンを強化し、新鮮な野菜や果物を収穫から店舗まで12時間以内の配送実現を目標としています。

また、同社は「Farm to Fork」モデル拡大に向けた動きの一環として、オンラインテクノロジーとの組み合わせを進めており、新たなパートナーであるフェイスブックと農機具を活用し、農業関連ビジネスへの進出を行っています。

6.オーガニック認証における不透明さ、そして政府の新たな取り組み

インド農業の政府の新たな取り組み

食の安全性への高まりを受けてオーガニック認証も注目されていますが、民間エージェントが介入した認証が不透明である可能性について問題視されています。また、インドでは農家の内約8割が小規模農家と言われており、オーガニック認証取得費用が負担出来ない農家が多く存在しています。これらの課題解決のひとつとして、インド政府による認証への支援が広がりつつあります。

Participatory Guarantee System for India

政府が認証を行う有機保証システム・PGS(Participatory Guarantee System for India/インドの参加型保証制度)は、地域に密着した品質保証の取り組みです。生産者や消費者を含むステークホルダーの参加を重視した非中央集権型システムを取り入れ、当該取り組みに賛同するステークホルダーが中心となって国家有機基準に準拠していることを保証しています。政府が認証を支援していることから、小規模農家でも有機野菜認証の取得が可能になりつつあります。

インドにおけるオーガニック・スタートアップ6選

1.I say organic

I say organic

運営会社:I SAY ORGANIC PRIVATE LIMITED
Webサイト:https://www.isayorganic.com/
設立年:2011年12月
本社:デリー
CEO:Ashmeet Kapoor and Amita Kapoor

野菜や果物を中心としたオーガニック食材配送事業を展開するI Say Organicは、2011年にデリーを拠点として設立。インドの農村部にて有機農業を学んだKapoor氏はインドのオーガニック需要の高まりを見据えるとともに、インド農家の生活改善を目的に立ち上げました。

同社はインド国内1000件以上の有機農家と提携しており、現在は野菜や果物を中心とした300点以上の商品数を取り扱っています。デリーを中心にインド13都市にて展開しており、65万人の顧客を抱え、1日の平均注文数は14,000件を誇ります。

また、同社は国内での事業拡大およびIoTやAIの活用によるコールドチェーン強化を目的に、2019年5月CE Venturesが主導するシリーズAラウンドで1100万ドル(約11億5500万円)、Iron Pillarが主導するシリーズBラウンドにて2000万ドル(約21億円)の資金調達を実施しています。

2.インドで挑戦し続ける日系スタートアップ「Hasora」

Hasora

運営会社:Hasora Organic India
Webサイト:http://hasora.in/home-jp/
設立年:2016年5月
本社:グルガオン
CEO:八田飛鳥・八田舞

無農薬野菜や有機食材の小売及びデリバリー事業を展開する日系フードスタートアップ・Hasoraは、2016年にグルガオンを拠点に設立「食を通じて人々の可能性を最大化させる」をミッションに、インドの「健康・食への安全」への将来的なニーズの高まりに可能性を感じ、日本人姉妹が立ち上げました。

現在約30件の契約農家及び自社農園にて無農薬野菜を栽培しており、安全性の担保を行っています。収穫から24時間以内の新鮮な農作物を消費者に届ける産地直送モデルを導入しており、農村部と都市部を繋げ、野菜や果物を中心とした有機食材の提供を行っています。

3.Farmer uncle

Farmer uncle

運営会社:Farmer uncle
Webサイト:https://farmeruncle.com/
設立年:2016年4月
本社:ハリアナ州・グルガオン
CEO:Saazid Singha

Farmer uncleページ

オーガニック果物のデリバリー事業を展開するFarmer uncleは、ハリアナ州グルガオンにて2016年4月に設立。 政府機関の認証を得た有機農家のみと提携しており、収穫日から最大4~5日の新鮮な果物を配達しており、現在デリーNCRを中心に展開しています。

消費者が安心・安全に商品を購入できるように、商品ごとに産地や生産者の情報を明記しており、「産地や作り手の顔が見える商品づくり」が特徴です。

4.Farmery

Farmery

運営会社:Natural Box Retail Pvt Ltd
Webサイト:https://www.farmery.in/
設立年:2015年12月
本社:ハリアナ州・グルガオン
CEO:Nishant Gupta、Hemant Kelanka

farmeryページ

農薬や化学物質・防腐剤を一切不使用の新鮮な牛乳や野菜・果物のデリバリー事業を展開するFarmeryは2015年12月にハリアナ州・グルガオンにて設立。インド独特の生活習慣に基づき、牛乳配送を中心に展開していたものの、事業拡大を目的に現在は果物や野菜、その他食材の提供も行っています。

農薬や化学物質や防腐剤が不使用であることを保証するため、FSSAI(*1)認定試験所を介して厳格な品質テストを実施しているのが特徴のひとつ。更に、野菜や果物など生鮮食品に関しては、商品ごとに産地や生産者の情報を明記しており、「産地や作り手の顔が見える安心な商品」の取り組みを行っています。

同社は主にハリヤナ州の有機農場と提携しており、現在はデリー・グルガオンを中心に、ノイダやガージアバードを含む4,000世帯に搾乳後24時間以内に新鮮な牛乳や野菜の配達を行っています。

*1 Food Safety and Standards Authority of India

インドにおいて、食品安全基準法(2006年)(The Food Safety Standard Act, 2006:FSS法)の下に設立されたインド食品安全基準局。

参考:MAFF農林水産省「インド」

https://www.shokuhin-kikaku.info/all.html?country=IND

5.Nourish Organics

Nourish Organics

運営会社:Nourish Organic Foods Pvt. Ltd.
Webサイト:https://www.nourishorganics.in/
設立年:2017年
本社:ハリアナ州・グルガオン
CEO:Seema Jindal Jajodia

Nourish Organics

HPより引用(製品イメージ)

有機食材を使用した健康食品の提供を行うNourish Organic Foodsは、2017年にグルガオンを拠点に設立。「持続可能な健康」を目的に、シリアルや栄養価の高いクッキー、健康スティックバーなど幅広い種類のオーガニック食品を提供しています。同社は、食品の安全基準を念頭に置きつつ、可能な限りリサイクル可能なパッケージを利用することで、ビジネスも持続可能なものになるよう努めています

創業者であるSeema氏は美術のバックグラウンドを持つ一方で、インドにおける健康意識の高まりを見据え、人々の長期的な健康をサポートするため、同社を立ち上げました。

同社の製品は100%自然由来で、砂糖や保存料、遺伝子組み換え食品など一切使用しておらず、繊維質かつ植物性タンパク質を多く含む地元のオーガニック食材を使用して作らており、USDA(米国農務省)やインドのインディアオーガニックなどの国際認証も取得しています。同社の製品は、デリーNCRを中心にムンバイやプネ、バンガロールなどインドの主要都市にて販売されています。

同社は2018年まで自己資金で運営していたものの、更なるブランド(製品)強化を目的に2019年3月アッシュ・リラニ率いるサーマ・キャピタルからシードラウンドで7250万ルピー(約1億875万円)の資金調達を実施しました。

6.Gourmet Garden

Gourmet Garden

運営会社:Ekam Ultra Farms Pvt. Ltd. 
Webサイト:https://gourmetgarden.in
設立年:2019年
本社 :カルナタカ州・バンガロール
CEO:Arjun Balaji

特許取得済みの水耕栽培のテクノロジーとオーガニック農法の知見を提供することで零細農家の生産物品質と収穫高を格段に向上させ、それらの零細農家と提携して消費者向けにオンラインで販売しています。2020年1月のサービス開始ながら10月時点で既に1万6,000人を超える顧客を持ち、オーダーの70%以上がリピーターからとなっています。現在はバンガロールのみでのサービス展開ですが、近日中にチェンナイおよびムンバイへと進出する計画とされています。

創業者のArjun Balaji氏はコンサルティング会社のマッキンゼーに10年以上勤務し、パートナーを務めていた人物。当社は2020年10月に日系VCのIncubate Fund India及びWhiteboard CapitalからPre-Series Aの資金調達を完了しています。

       

参照元データを見る

There is a high demand for Indian organic food products(2019年9月)
*輸出品目、オーガニック市場規模など
https://indiaincgroup.com/there-is-a-high-demand-for-indian-organic-food-products-india-global-business/

ナラヤン氏
Celebrated proponent of organic farming Narayana Reddy is no more
https://yourstory.com/2019/01/narayana-reddy-organic-farming

日本の哲人・福岡正信氏の自然農法 - 砂漠の緑化へ(福岡氏に関する実績など)
https://www.japanfs.org/sp/ja/news/archives/news_id027345.html

How will India’s organic food market shape up after the coronavirus
https://www.indiaretailing.com/2020/05/06/food/food-grocery/how-will-indias-organic-food-market-shape-up-after-the-coronavirus/

Farm to Fork)

Farm-to-fork model gets new addition

https://www.hindustantimes.com/india/farm-to-fork-model-gets-new-addition/story-sFXRrboraxGKsitBrbxj8L.html

Coronavirus | 4 more traders from Azadpur Mandi test positive(デリー市場での陽性反応者に関する記事)

https://www.thehindu.com/news/cities/Delhi/coronavirus-4-more-traders-from-azadpur-mandi-test-positive/article31469487.ece

Coronavirus | How panic buying at Chennai’s Koyambedu market created a COVID-19 cluster(チェンナイ市場での陽性反応者に関する記事)

https://www.thehindu.com/news/cities/chennai/coronavirus-how-panic-buying-at-chennais-koyambedu-market-created-a-covid-19-cluster/article31595931.ece

Koyambedu: India’s coronavirus cluster at a vegetable market(チェンナイ記事)

https://www.bbc.com/news/world-asia-india-52674639

Farm to Fork・リライアンス)

Reliance Industries leverages technology to expand farm-to-fork model

https://www.business-standard.com/article/companies/ril-steps-on-the-gas-in-agritech-business-expands-farm-to-fork-model-120062800952_1.html

I say organic

‘I Say Organic’ Is Capitalizing On The Growing Indian Sentiment For Organic Food

https://smartceo.co/i-say-organic-is-capitalizing-on-the-growing-indian-sentiment-for-organic-food/

These doodhwalas aim at a new ‘white revolution’(2018年11月記事)

http://timesofindia.indiatimes.com/articleshow/66493777.cms?utm_source=contentofinterest&utm_medium=text&utm_campaign=cppst

Nourish Organics

https://yourstory.com/herstory/2020/09/woman-entrepreneur-organic-healthy-eating

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監修者からのコメント

拡大するインドの農業市場とサプライチェーンにおける課題

インドは世界有数の農業生産国であり、その市場規模は2010年時点で400億米ドルだったものが2030年には1,100億米ドル程度まで成長すると予想されています。また、その市場に占めるオーガニック商品の比率は2010年時点では1〜2%程度だったものが2030年には10%を超えてくると考えられています。このように、インドにおける「安全・安心に配慮された高品質な農作物」に関する市場は急成長を続けており、今後も消費者からの旺盛な需要が継続していくものと想定されます。

一方で、この広大で所得格差も大きなインドにおいて、オーガニックやそれに準ずる高品質な農作物を広く流通させていくにはまだまだ課題も多いのが現実です。インドの大半の農家は零細事業者であり、テクノロジーや正しい農法知識、マーケットアクセスなどを持たないため、どうしても品質にばらつきが出てしまいます。また、複雑で整備されていないサプライチェーンや低品質なパッケージングなども影響し、消費者の手に届くまでに大きく品質を下げてしまうことも多いですし、それでも高品質を維持しようとするとコストが大きく嵩むために販売価格に跳ね返ってきてしまっています。

そして、しっかりとオーガニックにこだわった生産を行う数少ない農家にとって、それが収入に直結する仕組みもまだまだ整備途上であり、手間隙をかけて「安全・安心に配慮された高品質な農作物」を育てることに対する農家側のインセンティブ設計も今後さらに洗練されていく必要があります。このように課題は多いですが、まだまだ未開拓な巨大成長市場なのでビジネス機会としても魅力的であり、本稿で紹介されたスタートアップなどが中心となって大きな変革が起こっていくことが期待されます。

村上 矢

監修者:村上 矢

野村證券グループの東京及びNY拠点にて一貫してIT/インターネット領域のスタートアップを担当。多くの企業をIPOへと導く。2014年にインドへと移り、現地にてスタートアップ立ち上げを経験。2016年にIncubate Fund Indiaを設立し、ジェネラルパートナー就任。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 政治学専攻、歴史学副専攻 卒

Incubate Fund Indiaは創業初期のインド企業への投資に特化したベンチャーキャピタル。日本で200社を超えるスタートアップ企業をサポートしてきたインキュベイトファンドの投資哲学とノウハウを活かしてインド企業への投資と成長支援を行なっている。これまでに15社のインド企業への投資を実行。日本人投資責任者がインド現地に常駐する稀有なファンドとして、投資だけでなく日印間の企業連携などへも積極的に貢献している。

法律面からのアドバイス

             

インドにおける食品ブランディングと知的財産保護

インドのオーガニック食品に関する規制は、食品安全基準法2006及び食品安全基準(オーガニック食品)規則2017により規定されています。この規定によると、インドでオーガニックとして販売される食品は、商工省傘下の農業加工食品輸出開発庁(APEDA)によるオーガニック生産のための国家プログラム(NPOP)か、又は本稿でも紹介されている農業農民福祉省(MoAFW)によるPGS-Indiaのいずれかの認定を受ける必要があります。またオーガニック食品のパッケージについても食品安全基準(パッケージ及びラベル)規則2011に従うことが義務付けられています。具体的にはNPOP又はPGS-Indiaに規定される情報に加えてオーガニック食品の統一ロゴマークであるJaivik Bharatを表示する必要があります。これにより消費者がオーガニック食品かどうかを見分けることができます。更に登録番号や認定番号といった食品トレーサビリティに関する情報の表示も義務付けられています。Jaivik Bharatというポータルサイト上で、これらの情報を用いてオーガニック食品の生産者情報を確認することができます。

食品のブランディングを考えたときオーガニック食品としての認定の他に地理的表示(GI)保護制度も活用することができます。これは、伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性が品質等に結びついている産品に対して、産品の名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する制度です。農産物に限らず工芸品も含まれますが2020年11月現在370のGIが登録されています。この制度を積極的に活用している組織としてダージリン茶協会が挙げられます。ダージリンティーはインドで最初にGI登録を受け、ネパールから入ってくる「ダージリン」と産地偽装された紅茶の円滑な取り締まりなどのダージリンティーのブランド保護に役立っています。

またGIのように産地で線引きをして名称の使用可否が決定されると、これまでビジネスで使用していた名称が急に使えなくなるリスクもあります。マディヤ・プラデーシュ州のバスマティライス農家が現在そのようなリスクに晒されています。APEDAがインド北部のヒンドゥスターン平野に位置する7つの州を指定してバスマティライスのGI登録をし、この7つの州に含まれなかったマディヤ・プラデーシュ州の農家がGI登録にマディヤ・プラデーシュ州も含めるように申し立てを起こしました。しかしながら、知的財産審判部でも高等裁判所でもバスマティライスはヒンドゥスターン平野を産地とする優良品種を指し、他の地域を含めることはブランド価値を毀損するとして申し立てを拒絶しました。現在本件は最高裁判所で争われていますが、食品のブランディングを考える上で動向を注視する必要があります。

以上よりオーガニック食品のような高付加価値の食品ビジネスを行う場合、食品安全基準法に規定されるような規制に注意を払うことは当然として、ブランディングの観点からどんな知的財産保護制度を利用できるのか、他者がそのような知的財産保護制度を利用したときにどんなビジネス上のリスクがあるのか考えることも重要です。AsiaWise Groupでは、今後もインドのビジネスに関する規制や知的財産関連の最新動向を情報提供して参ります。

田中陽介

アドバイザー:田中陽介

外資系メーカー知的財産部、特許事務所を経て、2019年AsiaWise Groupに加入。2010年より東南アジア、南アジアを拠点都市、医療機器、情報通信技術分野の特許調査や権利化をする一方で、新興国におけるテクノロジーの社会実装、デジタルエコノミーの動向を調査。京都大学工学修士(電子工学)シンガポール国立大(知的財産コース修了)

 
AsiaWise Groupは、法律、知的財産権(IP)分野のサポートを提供するアジア発のクロスボーダー・プロフェッショナル・ファームです。インド(グルガオン・バンガロール:Wadhwa Law Office)に加えて日本(東京:AsiaWise法律事務所)、シンガポール(AsiaWise Cross-border Consulting)にオフィスがあります。最近では日本企業のDX分野のサポートに注力しています。