Vol.11 : 「インド3億人接種計画」コロナワクチンの配布・輸送をサポートするスタートアップ企業
2021年4月から新型コロナウイルスの感染状況が悪化し、今や過去最悪の感染者数を記録してしまったインド。
感染拡大に歯止めをかけるべく、夏頃までに約3億人にワクチンを接種するべく積極的に進められています。しかしながら、国土が広大で気温が高いインドはワクチンの配布・輸送の課題も山積みです。
今回はワクチン分配の課題を解決し、ワクチンをインド全土に届けるべく奮闘しているスタートアップ企業を紹介します。
1.2021年1月から始まった「コロナ予防接種」
2021年4月ごろから急激に増加しているインドのコロナの感染者数。5月には1日当たりの新規感染者数が40万人を超え、過去最多を記録しています。
感染は拡大しているものの、インドはワクチン接種の開始にいち早く取り組んだ国でもあります。
インドでは1月後半からコロナの予防接種が始まりました。現在45歳以上と医療関係者を対象に予防接種が進められており、5月1日からは年齢制限が18歳以上に引き下げられています。
コロナ感染者を追跡するアプリ「Aarogya Setu」がアーダールカードや携帯電話番号と紐づけられており、ワクチン接種をするとアプリに記録されます。
加えて、電話番号に送られてくるURLからクラウド上に保管されているワクチン接種証明書のダウンロードが可能です。
ワクチン接種予約専用のWebサイト「Co-WIN 2.0ポータル」もAarogya Setuと連携しており、ワクチン接種の窓口として活用されています。Co-WIN2.0ポータルに関しては「Vol.0080 インドがオンライン受付にてコロナワクチン予防接種を開始」でも紹介しています。
2.インドで接種が進められている「Covishield」と「Covaxin」
2021年5月時点、インドで用いられているワクチンは「Covishield」と「Covaxin」の2種類です。
ワクチン名 | 開発国/生産国 | 推奨接種回数 | 保存温度・日数 ※()は保存可能期間 |
有効率 |
Covishield (Oxford-AstraZeneca) |
イギリス・スウェーデン/インド | 2 | 2〜8度(6か月) | 70% (1回接種後) |
Covaxin(Bharat Biotech) | インド/インド | 2 | 2〜8度 | 81% (2回接種後) |
P fizer | アメリカ・ドイツ/アメリカ・ドイツ・ベルギー | 2 | -80〜-60度(6か月) 2〜8度(5日) |
95% (1回目接種28日後) |
Moderna | アメリカ/アメリカ・スイス | 2 | -25〜-15度(6か月) 2〜8度(30日) |
92% (1回目接種14日後) |
Sputnik V | ロシア/ロシア・インド | 2 | -18.5度(液体時) 2〜8度(粉末時) |
92% (臨床試験最終段階) |
アストラゼネカの「Covishield」とBharat Biotechの「Covaxin」は両方ともインドで製造されています。ワクチン不足を受け、ロシア産のSputnik Vも今夏からインドで製造されることが決まりました。
2021年2月頃には1日の感染者数が1万1,000人程度まで減り、モディ政府はブータンやネパール・スリランカやモルディブをはじめとする周辺国にワクチンを無償提供する「ワクチン外交」に本格的に乗り出していました。
しかし、インド国内での感染者数増加を受け、ワクチンの輸出に制限がかかっており、国内への流通量を優先するとの判断が窺えます。5月時点ですでに2億人近い国民が1回目のワクチン接種を終えており、第2波を受けて急激なスピード感でワクチン接種を進めており、モディ政府は2021年夏までに3億人へのワクチン接種を進める計画を打ち出しています。
3.ワクチン接種の課題は「輸送」と「計画」
インド政府はワクチン製造と配布に3,500億ルピー(約5,000億円)の予算を組み、ワクチン接種に積極的に取り組んでいます。しかしながら、ワクチンの輸送と配布計画には課題があります。
インドのコールドチェーンが脆弱で、現在は現実的な温度管理が可能なCovishieldとCovaxinのみがインド国内で扱われています。高い効果を誇るファイザー製のワクチンは-70度以下での輸送が必要ですが、-70度の低温を保ったまま広い国土に輸送する技術が確立されていません。
そのため、ファイザーはいち早くインドでワクチンの緊急使用許可を申請していたものの、輸送状況に問題があるとして2月には申請を取り下げました。ファイザー製ワクチンに関する懸念は、「Vol.0049 ファイザーとモデルナの新型コロナウイルスワクチンはインドにとって『物流の悪夢』か?」にて解説しているので、こちらも参照ください。
「輸送や保存よりもまず配布計画に問題がある」との声も上がっており、安定的なワクチンの供給の実現がインド喫緊の課題です。
4.ワクチンの配布・保存・計画に貢献するスタートアップ企業
さまざまなスタートアップ企業がワクチンの安定供給の課題に取り組んでいます。ワクチンの配布計画や保存、輸送を支える5つのスタートアップを紹介します。
1.ワクチン輸送用の流通網を持つColdStar logistics
- 企業名 :ColdStar Logistics Pvt. Ltd
- 業種 :コールドチェーン・物流
- 創業 :2009年
- 拠点 :ムンバイ
- CEO :Shagun Kapur Gogia
- Webサイト :http://coldstarlogistics.com/
ColdStar Logistics(コールドスターロジスティックス)は、コールドストレージ・ソリューションを提供するスタートアップです。
インドのコールドチェーンは整備されておらず、その多くは断片的にしかつながっていません。ColdStar Logisticsは物流業界にフォーカスする投資会社Tuscan Venturedsの投資を受け、インド全土の47都市に統合的に張り巡らされたネットワークの展開に成功しています。
ColdStar logisticsはワクチン配布を想定して設計されたルートを持ち、狂犬病や肝炎などのワクチンの輸送を担っていました。2020年3月末から始まったインド全土でのロックダウン中に流通網を拡大し、現在はコロナワクチンをインド各地に届けています。ColdStar Logisticsはネットワークの拡充に加えて厳密な温度管理を徹底し、ワクチンの効果を損なうことなく輸送することに成功しています。
2.ブロックチェーン・テクノロジーによってワクチン追跡を可能にStaTwig
- 企業名 :StaTwig Technology Service Pvt. Ltd
- 業種 :AI・ブロックチェーンテクノロジー
- 創業 :2016年
- 拠点 :ハイデラバード
- CEO :Sid Chakravarthy
- Webサイト :https://statwig.com/
AIやIoT、ブロックチェーンのテクノロジーを用いてワクチンの製造から接種までを追跡する供給網を構築したのがStaTwig(スタートウィッグ)です。
ハイデラバードのビジネスインキュベーダ「T- Hub」やカリフォリニア大学をはじめとする研究機関との協力に加えて、世界中のワクチンの45%を供給するユニセフからの投資を受け、インドだけでなく世界中へコロナワクチンを届ける役割を担っています。
世界保健機関WHO(World Health Organization)によると現在4つに1つのワクチンが輸送中に傷んでおり、このままでは世界に供給されるコロナワクチンの30億回分が廃棄になってしまうとのことです。
そこで、StaTwigは「Vaccine Ledger」という仕組みを作り、ワクチン製造時にIDを割り振って1つ1つを追跡できるようにしました。輸送中の温度を厳格に管理し、傷んだものや使用期限が切れたものは除去されます。「Vaccine Ledger」にはブロックチェーンのテクノロジーが利用され、流通中のロスを防ぐためにワクチンが1つずつ徹底的に管理されます。
3.インド全土・7,000か所のネットワークを持つコールドチェーンベンチャーShadowfax
- 企業名 :Shadowfax Technologies Pvt. Ltd
- 業種 :コールドチェーン・物流
- 創業 :2015年
- 拠点 :バンガロール
- CEO :Abhishek Bansal
- Webサイト :https://www.shadowfax.in/
ShadowfaxはFliokartが出資するサードパーティーロジスティクス企業で、速達のためのネットワークをインド国内500都市・7,000か所以上に巡らせています。
Shadowfaxはコロナワクチンの低温輸送を可能にするため、航空貨物を扱うSpiceXpressとパートナーシップを組み、-25度でのワクチン輸送に取り組んでいます。当初は米ファイザー製のワクチン輸送を見越しての取り組みでした。今後さらなる低温管理が必要なワクチン輸送にも対応できる体制を整えています。
SpiceXpressが空輸部分を扱い、Shadowfaxは地上でのオペレーションを担うことで役割分担をしています。冷蔵庫を備えた車両を250用意し、ワクチンの国内配布への協力体制を整えています。
4.コロナワクチン用の倉庫をインド各地に備えるIndoSpace
- 企業名 :IndoSpace As Industrial Park Prt. Ltd
- 業種 :倉庫・不動産
- 創業 :2008年
- 拠点 :ムンバイ
- CEO :Sameer Sain
- Webサイト :https://www.indospace.in/
IndoSpaceは産業用・物流用の不動産を扱っており、インド全土40か所以上にAグレードの倉庫を備えている唯一の企業です。
医薬品用コールドチェーンのトップを走るKool exとパートナーシップを組み、コロナワクチンをインド各地に分配するための拠点となる医療用倉庫の設置を進めています。2023年までに10〜11棟のインド国内最大級の医療用倉庫がムンバイ・デリー・バンガロール・コルカタ・アーメダバードなどの大都市で操業する予定です。
自動制御された温度システムを備えており、複数のクライアントに対応できるようブロックチェーンのテクノロジーに基づきワクチンの1つ1つが追跡・管理されます。
医療用倉庫がワクチン配布のネットワークのハブとなり統合的に管理することによって輸送途中での損失や不要在庫などを減らし、流通の透明性を高めることが期待されています。
5.コールドチェーンの最終ポイントを担うBlackFrong Technologies
- 企業名 :Blackfrog Technologies Pvt. Ltd
- 業種 :テクノロジー・エンジニアリング
- 創業 :2015年
- 拠点 :マニパル
- CEO :Mayur Shetty
- Webサイト :https://www.blackfrog.in/
カルナータカ州のマニパルに位置するBlackfrog Technologiesは、コールドチェーンの最終ポイントを担うべくバッテリー式ポータブル冷蔵庫「Emvólio」を開発しました。
コロナワクチンは2〜8度で管理されなければなりませんが、ワクチン接種のために車両で各地を回る際に温度管理が困難です。「Emvólio」を用いれば、ワクチンが接種されるまで厳格な温度管理のもと安全に保管できます。
「Emvólio」は、元々血液サンプルや綿棒検体を運ぶために開発された冷蔵庫がコロナワクチン用に改良されたものです。アイスパックを使う従来の製品よりも早く温度を下げられ、2〜8度を最長12時間保てます。一度に300〜400回分のワクチンを、有効性を失うことなく患者の元まで運べます。
Blackfrog Technologiesのように小回りの利く柔軟なアプローチを取るスタートアップにも注目です。
5.まとめ
インドの感染状況は過去最悪を更新しているものの、ワクチンの安定的な供給のためにさまざまなスタートアップが各分野で貢献しています。
5月以降のワクチン接種対象者拡大を受け、スタートアップ企業のさらなる活躍が期待されます。ワクチン接種がコロナ拡大の歯止めになるのかどうか、引き続き注目が集まります。
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監修者からのコメント
日本でも報道されている通り、インドは3月下旬より新型コロナウイルスの第二波に襲われました。一時は1日あたりの新規感染者数が40万人を超え、ICUの病床が埋まり、医療用酸素も不足し、医療崩壊とも言える状態に陥りました(厳しい状況は現在進行形ではありますが、5月第一週をピークに感染者数はダウントレンドに入っています)。このような状況下、さまざまなスタートアップが人々や社会を助けるために活躍しています。
当記事ではワクチン輸送を担うスタートアップ企業が取り上げられていますが、その他でも、例えば医薬品E-コマース大手のPharmEasyがインド全国のネットワークを活用してワクチン接種の予約〜実施までをサポートし、3,000万世帯への接種を担うことを発表したり(記事:https://pharmeasy.in/blog/pharmeasy-launches-covid-19-vaccination-drive/)、圧倒的に不足していた医療用酸素の調達については、ACT Grants(https://actgrants.in)というスタートアップエコシステムのリーダー達(有力VCのパートナーやユニコーン企業の創業者など)が立ち上げた団体が5月中に5万台の酸素圧縮機を無償配布することを目標に$50M規模の寄付を募り、非常にスタートアップ的なスピード感と実行力で活動していたりもします。
このように、スタートアップやその活動に関わる人々をはじめとして、草の根の市民が一丸となって「自分達のできることを、自分たちの持ち場で最大限行って貢献する」ということを毎日のように目にし、インド(人)の素晴らしい一面である「困った時は助け合う」という精神に触れるにつけ、この国はきっと強く回復し、コロナ禍を抜けた先にはまた大きく成長していくだろうと感じています。
監修者:村上 矢
野村證券グループの東京及びNY拠点にて一貫してIT/インターネット領域のスタートアップを担当。多くの企業をIPOへと導く。2014年にインドへと移り、現地にてスタートアップ立ち上げを経験。2016年にIncubate Fund Indiaを設立し、ジェネラルパートナー就任。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 政治学専攻、歴史学副専攻 卒