B-14-3. 従業員の不正行為に対する法的対応と留意すべきポイント
従業員の不正行為は、企業の生産性や職場の士気に大きな影響を及ぼす可能性があります。インドでは、雇用主がこうした問題に対処するために、組織の健全性を維持するためのさまざまな法的手段が用意されています。本記事では、インドの企業が従業員の不正行為に対して取ることができる法的措置の種類について、懲戒処分や解雇、さらに深刻な場合には刑事訴訟に至るまでの選択肢と、これらの措置を開始する前に雇用主が考慮すべき重要なポイントについても概説します。
(1)法的対応の種類
1. 社内懲戒処分(Internal Disciplinary Actions)
これは、企業が従業員の会社規則や行動規範の違反に対して内部的に行う処分です。
目的 | 会社内の規律を維持し、規則の遵守を確保すること。 |
性質 | 会社内で管理され、就業規則や雇用契約に基づいて行われます。 |
対応内容 | 警告: 口頭または書面による警告。 停職: 無給での一時的な職務停止。 降格: 職位や職務内容の引き下げ。 解雇: 重大な不正行為に対する解雇処分。 |
対象 | 無断欠勤、命令不服従、社内規則違反など。 (例): 従業員が繰り返し遅刻し、警告を無視した場合、停職や解雇処分が行われる。 |
2. 規制および労働法違反に対する対応(Regulatory and Labor Law Actions)
これは、労働法や規制に違反した従業員に対して、企業が労働裁判所や規制当局を通じて行う法的対応です。
目的 | 労働法や規制の遵守を確保し、労働環境を守ること。 |
性質 | 労働裁判所や労働委員会で処理され、労働法の規定に基づいて従業員に責任を追及します。 |
対応内容 | 労働法違反に対する懲戒処分: 労働法に違反した従業員に対する処分。 労働当局への報告: 従業員が労働法に違反した場合、労働当局に報告して対応を求めます。 労働裁判所での争訟: 不当解雇や労働法違反に関する紛争を労働裁判所に持ち込みます。 |
適用される法律(一例) | 1946年産業雇用(スタンディングオーダー)法 : 懲戒処分や解雇手続きを含む雇用条件を規定。 1947年労働争議法 : 労働争議や解雇に関する手続き。 店舗および商業施設法(州ごとに異なる): 労働条件や賃金、解雇の規定。 2013年職場における女性に対するセクシャルハラスメント防止法 : セクシャルハラスメントに対する対応。 (例): 従業員が職場でセクシャルハラスメントを行った場合、内部委員会での調査を経て、労働法に基づく法的手続きを進める。その他、職場の安全規則の違反, 法的手続きに従わない違法なストライキやボイコットの参加、労働争議の際に暴力や脅迫を伴う違法な労働組合活動への関与、職場での薬物やアルコール使用などの行為に対して適用。 |
3. 民事責任の追及(Civil Liability Actions)
これは、従業員に対して会社が金銭的損害を回収したり、契約上の義務を履行させるために起こす民事訴訟です。
目的 | 損害賠償や契約の履行を求めること。 |
性質 | 民事裁判所で処理され、契約違反や不法行為に基づきます。 |
対応内容 | 契約違反訴訟: 非競業義務や機密保持契約の違反に対する訴訟。 金銭的損害賠償請求: 従業員が会社に与えた金銭的損害の回収。 特定履行請求: 従業員に契約義務を履行させるための裁判所命令を求めます。 差止命令: 会社の資産や機密情報の不正使用を防ぐための命令。 |
適用される法律(一例) | 1872年インド契約法 : 契約違反に関連する問題を規定。 1963年特定救済法 : 契約義務を履行させるための履行請求や、特定の行動を禁止する差止命令などの救済手段に関する規定。 2013年会社法 : 不正管理、詐欺、および取締役による不正行為に関連する規定が含まれており、詐欺やその他の有害な行動を行った上級従業員や取締役に適用される可能性があります。 (例): 従業員が会社の機密情報を競合他社に漏洩した場合、会社は契約違反で訴え、損害賠償を請求できる。 |
4. 刑事責任の追及(Penal (Criminal) Liability Actions)
これは、従業員の不正行為が犯罪に該当する場合、法執行機関に通報し、刑事訴追を求めるものです。
目的 | 犯罪行為に対して従業員に刑事責任を追及し、処罰を求めること。 |
性質 | 刑事裁判所で処理され、有罪判決により懲役や罰金が科されます。 |
対応内容 | FIR(First Information Report)の提出: 警察に通報して刑事捜査を開始します。 刑事訴追: 窃盗や詐欺、暴行などに対する刑事訴追。 刑罰: 懲役刑や罰金が科される場合があります。 |
適用される法律(一例) | 2023年Bhartiya Nyay Sanhita(旧インド刑法(IPC)): 信託の不正利用、詐欺や不正行為、窃盗、公務員または代理人による信託の不正利用に関する規定。 1988年汚職防止法 : 贈収賄に対する処罰。 2000年情報技術法 : サイバー犯罪(データ窃盗や不正アクセス)への対応。 (例): 従業員が会社の資金を横領した場合、FIRを提出し、刑事訴追を開始できる。 |
(2)雇用主が留意すべき重要なポイント
1. 公正で包括的な調査の実施
法的措置を取る前に、問題となっている不正行為や違法行為について、公正で包括的な調査を行うことが重要です。証拠や証言、関連する文書やデジタル記録を収集し、従業員にも自分の立場を説明する機会を与えるべきです。このステップは透明性を確保し、不当な処分や解雇とされないようにするために不可欠です。
2. 労働法の遵守
インドの労働法は、懲戒処分や解雇に関する特定のガイドラインを提供しています。雇用主は、これらの法律を遵守し、例えば弁明書要求通知の発行、弁解の機会の提供、手続きの文書化など、必要な手続きを守ることが求められます。適切な手続きを踏まないと、不当解雇や不公平な労働慣行として法的に争われるリスクがあります。
3. 就業規則と雇用契約の確認
就業規則や雇用契約、行動規範などの社内規定は、不正行為に対する対応を決定する際に重要な役割を果たします。これらの文書には、従業員に期待される行動や不正行為に対する処罰が明記されていることが多く、雇用主はこれらを確認して、取るべき措置が両者間で合意された条件と一致していることを確認すべきです。また、内部規定によっては、懲戒処分の段階的な手順(警告、停職、罰金など)が設けられている場合があり、これを遵守する必要があります。
4. 文書化と記録保持
従業員の不正行為や違法行為に対処する際には、適切な文書化が不可欠です。調査中に収集した証拠、懲戒会議の記録、発行した警告、従業員とのやり取りなど、すべてのステップを詳細に記録しておく必要があります。この文書は、事態が裁判や労働委員会に持ち込まれた場合に重要な証拠となり、雇用主が法的に公正かつ適切に行動したことを証明します。
5. 従業員の権利の保護
不正行為に対処する際でも、従業員の法的権利を尊重することが重要です。インドの労働法では、労働者を不当な扱いから守るための保護が強調されています。従業員には弁解の機会や決定への異議申し立ての権利があり、場合によっては不当解雇や不当な懲戒処分に対する補償を求めることができます。雇用主は、従業員に公正な弁解の場を提供し、偏見や不公平な扱いがないようにする必要があります。
6. 機密性の保持
不正行為の案件を扱う際には、関係者のプライバシーを保護するために、慎重に対応することが重要です。機密保持を怠ると、会社の評判に悪影響を及ぼすだけでなく、名誉毀損やプライバシー侵害に関する訴訟リスクを負うことになります。
執筆者紹介About the writter
日本で貿易会社(輸出)を起業し、14年間会社経営に携わる。輸出商材は建機、自動車・トラック、工作機械を主とし、その他医療器械・ヘルスケア用品・化粧品など、輸出先は65か国。2012年にインド(チェンナイ)にて日印企業間B2B支援の会社を起業。2015年から大手日系製造企業数社での勤務を経て2024年よりGJCに参画。