Indian Personnel & Labour

人事労務

B-14. インド人従業員の雇用関係の終了

(文責:奥晋之介, Verma Prastuti / Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)

インドにおいて従業員(注1)との雇用関係を終了するにあたり、相手がいわゆる「ブルーカラー」の労働者については、インドの労働法による保護が手厚いため雇用関係の終了は難易度が高くなります。一方、いわゆる「ホワイトカラー」の従業員については、インドでは終身雇用という概念はあまりなく、転職を繰り返してキャリアアップしていく事が一般的なこともあり、「ブルーカラー」の従業員よりは雇用関係の終了は比較的容易です。
しかし、相手方が「ブルーカラー」か「ホワイトカラー」かに関わらず、会社側の対応によってはその後紛争に発展するリスクがありますので、雇用関係の終了にあたってはその相手方、雇用関係終了理由等その時々のケースに応じて適切な手続を踏む必要があります。

(注1)インドで企業が従業員を雇用する形態としては、一般的に直接雇用の社員(正社員:Permanent Employee)、間接雇用の社員(派遣社員: Contract Labour)、インフォーマル(・セクター)に分けられますが、ここでは正社員についてご説明します。

1.従業員都合による雇用関係の終了

従業員の自己都合による退職(Resignation)

従業員からの意思表示により雇用関係を終了(退職)する場合、通常、就業規則(注2)または雇用契約によって定められる1~3か月程度の通知期間(Notice Period)、通知期間分の給与額の支払い規定等に従い、従業員が会社に対して退職届を提出します。この退職届の退職理由欄に、会社側に問題があった(ハラスメント等)等の記載があった場合、安易にこれを受理すると当該従業員が退職後に労働審判所や裁判所に「退職を強制された」として会社を訴える可能性もあるため、記載内容の確認は重要です。
また「Code on Wages, 2019」(一部の規定の詳細の策定は各州に委ねられているため、州毎に規定が異なる場合がございますが、)により会社は最終の給与を辞職日より10営業日以内に支払いをする義務があるなど、期間が定められている手続もありますので、期日管理にも注意が必要となります。

会社側としては、通知期間内に引き継ぎを行い、最終勤務日までに給与や有給休暇の買取り、前払金、貸与品等について全て清算した旨を「Full and final settlement letter」として作成し、会社・従業員双方より書面で合意をとっておくことが望ましいです。
退職後は、問題なく退職手続きが終わったことの証明として会社は当該従業員に対し退職証明(Relieving letter、Experience certificate)を発行します。

(注2)就業規則:通称HR Policy、Working Regulation等と呼ばれます。また、雇用するワークマン、ワーカー(後述注3参照)の人数が一定以上(人数は州によって異なる)になると「Standing Order」と呼ばれる法令で定められた雛形に則った就業規則を作成し、政府機関の認証を受ける必要があります。

2.会社都合による雇用関係の終了

(1)試用期間中の試用期間終了

州によって少々規則が異なりますが、一般的には雇用契約締結時に契約書内に3~6ヶ月程度の試用期間(Probation Period)を設けることが可能で、当該期間中における会社側からの試用期間の終了(雇用関係の終了)は比較的容易です。
試用期間経過後に会社都合で雇用関係を終了する場合は後述のように従業員との紛争に発展しやすいため、雇用契約内での試用期間の設定、試用期間中における従業員の能力見極めは非常に重要です。

(2)普通解雇(Retrenchment)

①ワークマン(Workman)、ワーカー(Worker)(注3)の普通解雇(Retrenchment)

会社都合によりワークマンとの雇用関係を終了する場合、1947 年インド産業紛争法(Industrial Disputes Act, 1947)における普通解雇(Retrenchment)(注4)としての解雇手続が必要となります。同法では、「ワークマン」の普通解雇手続について(なお、今後施行予定の「The Industrial Relations Code, 2020」では、「ワーカー」の普通解雇手続について)以下の条件を設けています。

• 1か月前の通知または1か月分の賃金の支払いをすること
• 勤続1年につき15日分の賃金支払いをすること
• (解雇にあたり)合理的な理由があること
• 適当な政府機関への通知を行うこと

インドの普通解雇手続においては、この中の「合理的な理由」の証明が難しいと言われており、実際に裁判においても「合理的な理由」があるとは認められないケースも多いため、ブルーカラーの労働者の中でも一般的に「ワークマン」と呼ばれる従業員を一度雇用すると、解雇は非常に難しいといえます。

したがって、解雇したいワークマンがいる場合、実務上では推薦状や退職金等を用意して本人の自主退職(Resignation)を促し、書面で合意を取ることが理想です。

(注3)ワークマン(Workman):
1947 年インド産業紛争法(Industrial Disputes Act, 1947)2条で、手動、未熟練、熟練、技術、運用、事務業務を行うため雇用されている者、または、監督的作業を行うために雇用されているが、賃金が1カ月当たり1万ルピーを超えない者、と定義されますが明確な基準がなく、事案ごとに個別の判断が必要です。

ワーカー(Worker):
今後施行予定のThe Industrial Relations Code, 2020では、主に管理・運営に従事している者や、監督的作業を行い賃金が1カ月当たり1万8千ルピーを超える者を除いた手動、未熟練、熟練、技術、運用、事務業務を行うため雇用されている者と定義されていますが、今後の判例等により実務が影響される可能性もあり、上記「ワークマン」同様に慎重な判断が必要であると思われます。

(注4)普通解雇(Retrenchment):
1947 年インド産業紛争法(Industrial Disputes Act, 1947)第2条 (oo)の定義に基づく、会社側都合による雇用関係の終了(ただし、自己都合退職、定年退職や懲戒処分による解雇等は除く)を意味します。
なお、今後施行予定のThe Industrial Relations Code, 2020第2条(zh)では有期雇用契約の満了に伴う契約終了は普通解雇に含まない、と明言されています。

②ノンワークマン・ノンワーカー(ワークマン・ワーカーでない従業員)の普通解雇(Retrenchment)

ノンワークマンを普通解雇する場合、1947 年インド産業紛争法(Industrial Disputes Act, 1947) (ノンワーカーを普通解雇する場合は、今後施行予定の「The Industrial Relations Code, 2020」)は適用されず、各州の店舗及び施設法(Shops and Establishment Act)や工場法(Factories Act)に則り、雇用契約または就業規則に従って解雇の手続きを取ることが可能です。
しかし、ノンワークマン(ノンワーカー)とワークマン(ワーカー)との線引きは非常に難しく、普通解雇された従業員が自身はワークマン(ワーカー)であると主張し、解雇無効を訴える可能性も考えられます。インド労働審判所や裁判所は基本的に労働者側に有利な判決する傾向にあることを考えても、ワークマン(ワーカー)の該当性は慎重に判断する必要があります。

上述のような理由から、ノンワークマン(ノンワーカー)であっても実務上はワークマン(ワーカー)同様、本人の自主退職(Resignation)を促し、書面で合意を取るかたちで雇用関係を終了するのが最も紛争リスクの低い雇用関係の終了方法となります。

(3)懲戒解雇(Dismissal)

①ワークマン(Workman)、ワーカー(Worker)の懲戒解雇(Dismissal)

ワークマン(ワーカー)への懲戒処分として雇用契約を終了する、いわゆる懲戒解雇については、1946年インド産業雇用 ( 就業規則 ) 法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)及び慣習に基づいて、適切な調査を踏んだ上で実施する必要があります。当該調査手続については、同法規定の就業規則(Standing Order)雛形(Model Standing Order)に規定されていますが、万が一紛争に発展した場合、この調査手続が公平に行われたかどうかが争点になることが多いため、調査手続を実施するにあたり十分な注意が必要です。

実務上は、従業員に非を認めさせて会社側に完全に有利なかたちで懲戒解雇を進めることは難しく紛争リスクも高いため、(もちろん個別の状況にもよりますが)懲戒事由にあたる行為があったと思われる場合においても、本人の自主退職(Resignation)を促すといった手段がとられることもあります。

また、たとえ懲戒解雇であっても会社側に退職金支払義務は発生します。当該従業員が会社に損害を与えているようなケースではその限りではありませんが、その場合でも明確な損害の立証等が要求されますので、事案に応じた慎重な判断が求められるといえます。

②ノンワークマン(Workman)・ノンワーカー(Worker)の懲戒解雇(Dismissal)

慣習上、ノンワークマン(ノンワーカー)の懲戒解雇についても上記ワークマン(ワーカー)の懲戒解雇と同様の手続きが求められます。

 

1.従業員都合による雇用関係の終了
ワークマン ノンワークマン
退職(いわゆる自己都合退職) 最も紛争リスクが低い。退職に際しては、適用法令や社内規定に基づいて、各種支払や手続を行う。ただし、退職届の文面には注意が必要。
2.会社都合による雇用関係の終了
ワークマン ノンワークマン
(1)試用期間中の試用期間終了 比較的容易に会社都合で試用期間終了可能。
(2)普通解雇(Retrenchment) 1947 年インド産業紛争法に規定された条件に基づいて実施する必要があるため、難易度が高い。 法令上はワークマンの普通解雇よりは容易だが、ワークマンの該当性判断には注意が必要。
(3)懲戒解雇(Dismissal)

 

法令や慣習に基づいて、適切な調査手続を経る必要があり、難易度が高い。

 

執筆者紹介About the writter

奥 晋之介 | Shinnosuke Oku
学生時代に2015年~2018年の3年間、在ベンガルール日本国総領事館にて在外公館派遣員として勤務。その後、インド大手ITサービス企業の日本法人に入社し、製造実行システム導入の構想策定プロジェクトへの参画や提案活動に従事。インド進出日系企業の支援に関わりたいとの想いから、2022年に当社に参画し、再びベンガルールへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や労務、インド市場調査業務を担当。

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