Indian Personnel & Labour

人事労務

B-15 : インドに赴任する日本人駐在員の給与支払スキーム

(文責:田中啓介 / Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)

1.日本人駐在員の一般的な給与支払スキーム

 

インドに赴任する日本人駐在員の給与については、さまざまな理由・背景により少し複雑な給与支払スキームを採用する日系企業が多くなっています。給与の一部を日本本社が立て替えるケースでは、インドでの駐在期間中も日本の社会保障制度を同様に継続させておくためであったり、また、単身赴任者が日本に残してきているご家族の生活費のために、また、そもそも給与全額をインドルピーでもらっても使い道がない、などといった理由があります。また、給与の一部をそのまま日本本社が負担をするケースでは、まだ立ち上げ初期であるインド現地法人の資金繰りを改善するため、もしくは、インド人従業員との給与格差を回避するためなどの理由が想定されます。ここでは日系企業が採用している一般的な給与支払スキーム事例をご紹介いたします。

(1) インド現地法人が100%負担

もっとも税務リスクが低い給与支払スキームです。インド現地法人の従業員もしくは取締役たる日本人駐在員が、インド現地法人から100%の給与を受け取りますので、純然たる雇用関係と給与の支払の関係性において、極めてシンプルであり、基本的に税務リスクはほとんどありません。一方で、2にて後述するPE課税のリスクがないかどうかは念のため認識をしておく必要があります。

(2) 日本本社が一部立て替え、インド現地法人に後日実費請求

一時的に日本本社が給与の一部を立て替えるものの、最終的には給与の100%をインド現地法人が負担をすることになるため、比較的税務リスクは低いと言えますが、当該実費請求の継続的な取引が、立て替えの精算ではなく何らかの役務提供であると見なされるリスクがあります。その場合においては、源泉所得課税やGST課税、インド現地法人(子会社/関連会社)との取引価格という点で移転価格税制上のリスクが潜在的に発生するため、後述する対応策についてぜひご覧ください。

(3) 日本本社が一部負担

日系企業において最も一般的に採用されている給与支払スキームではあるものの、日本本社が給与の一部(もしくは大部分)を負担する場合にはPE課税リスクが高くなるため留意が必要です。つまり、インドの税務当局の観点から見るとインド現地法人の従業員であるはずの日本人駐在員の給与を、なぜ日本本社が負担しているのか、という点においてPEの疑義を誘発する可能性があり、日本本社との関係性をどのように文書化しておくかが重要なポイントとなります。詳しくは後述いたします。

(※ご参考までに、日本本社が負担している給与については、法人税基本通達9-2-47「出向者に対する給与の較差補てん金の取扱い」に規定される範囲内において、日本法人における税務上の損金算入が認められています。また、非居住者が日本において課税される所得は「日本国内源泉所得」(日本で発生した所得)に限られることから、当該日本本社が負担している給与が日本国外源泉所得である「留守宅手当」である場合には、日本での源泉課税対象から外れることとなります。)

 

2.判例から見る日本人駐在員にかかるPE課税リスク

インドに出向する日本人駐在員は、原則、就労ビザ(Employment Visa)を取得し、インド現地法人の従業員もしくは取締役として、インド現地法人から毎月給与を得ることになります。ここで税務上の注意が必要なのは、日本人駐在員の給与支払スキームに加えて、日本本社との関係性がどうなっているかという点です。つまり、例えば以下のようなケースにおいては、インド税務当局から「代理人PE課税」の指摘を受けてしまう可能性がありますので注意が必要です。

(1)、駐在員の「真の雇用者」は外国法人であると見なされる
(2)、駐在員を通して外国法人がサービスを提供していると見なされる
(3)、外国法人が駐在者の管理・監督・契約に関する実質的な決定権を有していると見なされる

実際に、英国企業Centrica India Offshore Pvt Ltd.社の税務訴訟において、2014年4月にデリー最高裁判所が「インドに赴任している駐在員は英国企業のPEをインドに創出する」と認定された税務訴訟事例が発生しています。(※つまり、インド現地法人の従業員たる駐在員が、外国法人の代理人としてインドにおいて何らかの役務提供を行っていると見なされ、当該代理人を通じて外国法人が享受しているとされる”みなし所得”に対してインド税務当局が課税権を主張してくることを指し、このことを「代理人PE課税」と呼びます。)

 

3.日本本社が立て替えた給与をインド現地法人に実費精算する場合の注意点

また、日本払い給与をインド法人に付け替える場合にも注意が必要です。つまり、当該費用が「技術的な役務提供にかかる報酬(FTS : Fee for Technical Services)」と見なされないように、あくまで日本払い給与の実費に基づく立替精算(Reimbursement)であることを、出向契約書や請求書(Debit Note)等において明記し、その根拠証憑を整備しておく必要があります。もし、上記のように「真の雇用者」が日本本社であると見なされてしまうケースや、当該立替精算が、書類の不備等によって「技術的な役務提供にかかる報酬(FTS)」であると見なされてしまった場合には、単なる給与の立替精算であるはずの取引が、「サービスの輸入」であると見なされ、インド側でGST(物品・サービス税)のRCM(リバースチャージ)による課税対象取引となり、かつ、源泉所得税も課税されることとなる可能性があります。また、当該取引価格が独立企業間価格(Arm’s length price)になっているかどうか、という移転価格税制上の課税リスクも紐づいてきてしまうため、“トリプルパンチ”を受ける可能性がありますので十分な注意が必要です。
なお、GST税制やRCM(リバースチャージメカニズム)についてはこちらのリンクをご参照ください。

 

4.給与支払スキームにかかる各種税務リスクに対する対応策

日本人駐在員の実態や出向の背景から鑑みるに、ある程度のPE課税リスクを取ることが前提となってしまうことは実務的には致し方がないとも言えますが、一方で、当該リスクを可能な限り軽減するために、「出向契約書(Secondment Agreement)」や「雇用契約書(Employment Contract)」等を整備しておき、将来的に税務調査などでPEと見なされないよう、かつ、(給与の立替精算をする場合には)サービスの輸入取引と見なされないよう、自社の給与取引スキームを正当化できるロジックを事前に文書化しておくことが有効であると考えています。
つまり、「真の雇用者」はインド現地法人であり、外国法人との雇用関係は解消されていて、かつ、外国法人が当該駐在員の管理・監督権限を持っていない、勤務場所や任期などの指示・命令ができる立場にない、給与やその他赴任にかかる一連のコストを実費で精算する、といったことを明確に出向契約書などで文書化しておくことが可能であれば、給与支払スキームにまつわる一連の税務リスクをある程度は軽減できるものと考えます。

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