Other Legal Practice

その他企業法務

G-38: 秘密保持契約書NDAの実務

(文責:安本理恵, Rianna Lobo / Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)

インドに限らず、企業の専有情報や機密情報を他の個人や企業と共有しなければならないビジネスの場面で、取引先に情報を開示する前に、情報の機密性を守るために秘密保持契約(Non-Disclosure-Agreement、以下NDA)の締結をします。

NDAは取引の前段階で交わされる契約であるために、NDA締結が形骸化してしまったり、あまり重要だと思われていない場合も多々あるのが現状ではないかと思います。

まずは一般的にNDAを結ぶにあたって気を付けておくべき基本的な条項について考えてみたいと思います。

1.NDAの対象となる情報

一般には公開されていない企業のあらゆる種類の機密情報、専有情報を「機密情報(Confidential Information)」と定義し、例えば、事業計画、財務関連情報、提供する製品やサービスの種類、顧客リスト、ベンダーリスト、ソフトウェア(オブジェクトコードやソースコード)、商標、著作権、特許、意匠などの知的財産、従業員の情報等を対象とします。

「機密情報」という言葉は、取引において考えられる、機密情報をすべて網羅し定義する必要があります。

定義が正確でなかったりあまりに包括的であったりすると、情報を開示する側からすれば、「機密情報だと思っていた情報」が相手側にはそう思われていなかった、ということが起こりえますし、情報を受け取る側にすれば、実際には機密ではない情報について不必要に拘束されることも考えられます

特に、取引においては文書、電子メールだけでなく、口頭、テキストメッセージ、手書きのメモ、手紙などを通じて共有された情報はどう扱うのかも、考慮する必要があります。

また、機密情報という言葉には、以下のような情報は含むことができません。

  1. 一般に公開されているもの
  2. 受領者が独自に開発したもの
  3. NDA締結前に受領者が入手していたもの
  4. 秘密保持の制約を受けない第三者から受け取ったもの

例えば、インドではすべての企業の財務諸表が企業省Webサイトで一般公開されているため、公開されている財務諸表は機密情報とはみなされません。

2.NDAの当事者

機密情報を開示する側を「開示者(Discloser)」または「開示当事者(Disclosing party)」と呼び、情報を受け取る側を「受領者(Recipient)」または「受領当事者(Receiving party)」と呼びます。

双方が情報を開示する取引の場合は、両当事者が開示者であると同時に受領者として相互開示型のNDAを作成します。

3.NDAの契約期間および存続期間

NDAの期間は、その機密情報がどのようなものかによって慎重に決定します。

受領者は義務を課せられる期間を最小限に制限したいものですし、一方、開示者にとっては、より長い期間を主張したいものです。企業秘密には10年間有効なものもあれば、1年で一般公開されること等で機密性が変更してしまうようなものもあります。

開示者にとっては、プロジェクト終了とともに機密情報の開示をしなくなったからといって機密保持義務も終了されては困るような機密情報に対しては、NDAの契約期間終了後も機密保持義務の期間を「存続条項(Survival clause)」として長く設定することもあります。

また、契約締結時に期間が読めない場合等に、NDAの契約期間自体を明記せず、「契約が終了するまで有効」であるとすることもあります。

4.機密情報の認定使用

機密情報の認定使用(Permitted use of confidential information)とは、受信者が機密情報をどのように使用できるかを規定するものです。

開示者側からすれば、機密情報の使用は、開示者から受領者に提供された本来の目的のみに限定されるべきです。また、だれが機密情報を取得できるのかについて明確にしておく必要があります。また、NDAが受領者に機密情報を第三者や関連会社に譲渡することを認めている場合、開示者は受領者に情報譲渡先リストを要求して制限しておくと良いでしょう。

場合によっては、開示者が受領者に機密情報を取得できる可能性のあるすべての人と個別にNDAを締結することを求めるケースもあります。

逆に、受領者側からすればプロジェクトに関わり、情報を譲渡する必要がある可能性のある先は全て含んでおく必要があります。

5.機密情報の法的開示

機密情報の法的開示(Legal disclosure)とは、受領者が裁判所や政府の命令に基づいて、開示者の機密情報を開示することを法的に強制されることを意味します。

この場合、開示者は、受信者が開示を行う前にその旨を開示者へ通知し、情報開示が本当に必要な情報のみに限定されるように注意しましょう。

6.NDA契約期間終了後の機密情報取り扱い

NDA契約期間終了時、受信者には機密情報返却義務が課されることが一般的ですが、機密情報の破棄や破棄した事に対する証明書提出が求められる場合もあります。

ただ、クラウドストレージ、電子メールで共有・保管された情報、更には人が記憶できてしまう情報等、受領者が機密情報を完全に消去/破棄することができない場合も多くあります。

そのような場合、開示者は受信者が他の目的で機密情報を使用することを禁止することで当該情報を守ることができます。

7.その他重要な条項

補償(Indemnification)

開示者は、受領者による守秘義務違反があったとき、逆に受領者は、開示者が第三者の権利を侵害した場合、例えば開示された情報に第三者の情報が含まれており、役務提供において使用したことで第三者より損賠賠償を求められた場合等を想定して補償を義務付けることが一般的です。

準拠法(Governing law)

NDAがインドの当事者間で締結されている場合、または機密情報がインドで使用されている場合、準拠法はインドの法律となります。

救済措置(Relief)

受領者に守秘義務違反があった場合、開示者は、裁判所による違反継続を食い止めるための差止命令による救済を受けることができます。

勧誘禁止(Non-solicitation)

取引の性質や共有する機密情報によっては、勧誘禁止条項を設けるケースがあります。勧誘禁止条項の目的は、受領者が開示者の従業員をビジネスに勧誘したり、自社へ雇用したりするのを防ぐことで、18ヶ月から2年程度に設定されることが一般的です。

開示者は、従業員、請負業者、サプライヤー等すべてを対象とした勧誘禁止条項を希望するかもしれませんが、受領者にとっては、この条項を情報にアクセスした従業員のみに限定することが妥当であると考えるケースも少なくないでしょう。

知的財産(Intellectual property)

開示者は、知的財産を含む情報を公開する必要がある場合、その権利までもが受領者へ渡ってしまわないように、開示後も知的財産の権利者が開示者に属することを明確に記載する必要があります。

ここで、インドで機密情報保持についての有名な判例をひとつご紹介したいと思います。

American Express Bank Ltd. vs. Ms Priya Puri

プリヤ・プリ氏(被告)は、アメリカンエキスプレス銀行(原告)の資産運用プログラムの責任者として雇用されていました。

被告は同銀行を退職後、競合他社にあたる銀行で働き始めました。原告によれば、被告は原告の顧客データを使用して、原告の顧客を勧誘し、競合銀行に移るように誘導していました。

原告は、被告の行為が彼女のアポイントメントレターに記載された守秘義務に違反していると主張し、原告の機密情報である顧客データが使用されている現状を食い止めるため、被告の顧客データ使用に対して差止命令を求める訴訟を提起しました。

被告は、これらの顧客リストは原告のデータを使用したものではなく、様々な情報源をもとに自ら作成したもので、更に顧客企業の名前、電話番号、住所などは公開されている情報であり、機密情報とは言えないと主張しました。

また、原告の主張する差止命令は、顧客が被告の現勤務先銀行に移ってしまうのを防ぐための策略に過ぎないと主張しました。

裁判所は情報を精査した結果、原告は問題のデータが機密情報であることを証明する証拠を持っておらず、そのデータに対する独占的な権利を主張する権利はないと判断し、差し止め請求は却下されました。つまり、この裁判で原告は負けてしまったのです。この判決は、機密情報の定義と立証の難しさを一般に広く知らしめることとなりました。

最後に、機密情報の取り扱いにおいて知っておきたいインドの法律をご紹介したいと思います。

インド刑法(Indian Penal Code, 1860、以下IPC)

IPC403条では、資産の不正利用(criminal misappropriation of property)について定めており、機密情報も資産(Property)とみなされ、2年以下の懲役または罰金、あるいはその両方が科される可能性があります。

また、同法405条は刑事上の背任行為(Criminal breach of trust)について定めています。刑事上の背任行為とは、契約に違反して機密情報を第三者に開示したり、委託された目的以外の目的で開示したりすることを意味し、3年以下の懲役または罰金、あるいはその両方が科される可能性があります。

情報技術法(Information Technology Act, 2000、以下IT法)

IT法は機微情報および個人情報(sensitive and personal information)の保護を目的としており、同法第72条(A)は、適法契約に違反して、自分が受け取った個人情報を含む資料を開示した者に処罰を科しています。

個人情報の開示が相手方の同意を得ず、「不当な損失または不当な利益をもたらす意図をもって」行われた場合、違反者は 当該情報の漏洩に対して、3年以下の懲役もしくは500万ルピー(約750万円)の罰金、またはその両方が科せられる可能性があります。

執筆者紹介About the writter

安本 理恵
安本 理恵 | Rie Yasumoto
2014年より北インドグルガオン拠点の現地日系企業で法務や総務、購買等を中心とした管理業務を経験後、インドの法務および労務分野の専門性を深めるべく2018年に当社に参画し、南インドチェンナイへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や、労働法に基づく人事労務関連アドバイス、インドの市場調査業務を担当。

その他企業法務

G-36 : インドにおける契約締結時の留意点

G-37. 契約書やその他法務文書にかかる印紙税の実務

G-38: 秘密保持契約書NDAの実務

G-39 : 事例から見るインド司法制度の特徴

G-40 : インドの債権回収のステップと破産倒産法の実務