G-39 事例から見るインド司法制度の特徴
(文責:田中啓介 / Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)
インドの法制度は、歴史的にイギリスで発達したコモンロー(Common Law)の法体系をベースとしており、ビジネスに関連する法令としての成分法は存在しますが、過去の判例や慣習などの先例に重きをおく法体系となっています。
1、インドの三権分立制度
インドは日本と同様、(1)立法(2)行政(3)司法からなる三権分立制度を採用しています。
(1)立法
立法については、上院(ラジャ・サバ:Rajya Sabha)と下院(ロク・サバ:Lok Sabha)の両院から構成される二院制を採用していて、法案については原則、両院による可決、そして、大統領による承認が必要です。もっとも、これまでの歴史において大統領が法案を拒否した事例はないそうです。
(2)行政
行政については、インドの首相(Prime Minister:2021年現在ナレンドラ・モディ氏)を実質的なトップとする行政機関で、大統領(President:2021年現在ラーム・ナート・コーヴィンド氏)はあくまで名目的なポジションとなっています。この点においてアメリカ合衆国における大統領の地位とはまるで異なります。
(3)司法
司法については、最高裁判所(Supreme Court)をトップに、以下25の高等裁判所(High Court)、各州における地方裁判所(District Court)を中心としたさまざまな下位裁判所が配置されるピラミッド型構造となっていて、下位の裁判所が上位の裁判所に対して上訴することができる仕組みになっています。
2、インドの司法制度の特徴
インドの司法制度について、ネガティブなイメージを持たれている方も多いかもしれませんが、最高裁判所や高等裁判所などの上位の裁判所においては外国企業に対して公平かつ公正な裁判を期待することができるという点で、インドの司法制度はアジア諸国に見られがちな汚職・腐敗問題が少ない国と言えます。
しかしながら、司法手続きの点においては裁判が長期化するケースが散見され、裁判を通じて負担を強いられる弁護士費用や社内のコミュニケーションコストの過大化によって訴訟に発展をしてしまった企業を大いに苦しめています。
その背景として、訴訟件数に対する裁判官の数が圧倒的に不足しているという構造上の問題が挙げられます。インドECOURTS SERVICES(※1)が公表する2018年時点の統計データによると、裁判官1人当たりが担当する訴訟件数は地方裁判所では1,000件を超えており、高等裁判所ではなんと4,000件を超えています。
なお、2021年5月現在において地方裁判所で約3,900万件の訴訟、高等裁判所で約600万件の訴訟を抱えています。
(※1)ECOURTS SERVICES https://ecourts.gov.in/ecourts_home/
3、インドの裁判実務と紛争対策事例
インドの民事訴訟においては、以下のような手続きを経ることとなりますが、地方裁判所の場合、判決に至るまでに50%超が2年以上の時間を要しており、高等裁判所になると50%近くが5年以上もかかっています。上訴がされると当然さらに長期化することとなります。
この訴訟手続きの遅延は、多くの外国企業から問題視をされており、明らかにインド国内のビジネスに対して大きな悪影響を与えていたことから、2015年にインド政府は「2015年商事専門部及び商事控訴部法(※2)」を制定しました。
つまり、商事紛争を専門とする「商事裁判所」が設立されたことにより、訴訟額が30万ルピー(約45万円)を超えるビジネスに関わる訴訟を集中的に取り扱うことが可能となりました。
しかしながら、現行制度上は、訴訟スピードの改善が図れてはいるものの、依然として裁判官の数が足りておらず、同法に規定される審理・判決までの期日規定が正しく遵守されていないという実態も顕在化しています。
なお、同法付則第2条においては「訴訟関連費用の敗訴者負担」主義を規定しており、敗訴が明らかであるにもかかわらず不必要に訴訟を起こして経済的弱者を貶めるなど、根拠の乏しい不合理な訴訟発生に対して一定の抑止力となっているようです。
敗訴者が負担すべき費用については、裁判所が訴訟内容を精査した上で最終的な賠償命令を発令することになります。
いずれにしても、インドにおけるビジネスでは可能な限り訴訟を避けるための施策が必要です。具体的には、契約締結時に紛争解決条項にその選択肢として必ず仲裁(Arbitration)を記載しておくこと、そして、インド国外の仲裁地(日本やシンガポールなど)を規定しておくことが望ましいと言えます。仲裁はそこまで長期化するケースは稀で、かつ、上訴されるという心配もありません。
(※2)JETROニューデリー事務所による「2015年商事専門部及び商事控訴部法」にかかるレポート
(The Commercial Courts, Commercial Division and Commercial Appellate Division of Hight Courts Act, 2015)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/in/ip/pdf/report_201608.pdf
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