Vol.001:インドオンラインフードデリバリー市場【前編】(①調理済フードデリバリー編)
127億米ドルの巨大市場を狙うスタートアップの実態に迫る!(前編)
(1)成長率27%が見込まれる注目のインドオンラインフードデリバリー市場
人口13億人を超えるインドは、世界有数の経済大国であり、今後高い成長ポテンシャルが期待されています。そのインドにおいて急成長している市場のひとつが「オンラインフードデリバリー」。インド国内スタートアップに特化した印大手メディア「Inc42」の調査部門である“DataLabs“が発表したレポートによると、世界の年間平均成長率(CAGR : Compound Annual Growth Rate)9.01%と比較し、インドのオンラインフードデリバリー市場のそれは15%の成長率で拡大し続けています。
また、世界的な市場調査会社であるIMARC Groupの2020年最新レポートによると、インドにおけるオンラインフードデリバリーの市場規模は、2019年に29億ドル(約3,103億円)に達し、2020年から2025年の間に年間平均成長率27.2%で拡大し、2025年までに127億ドル(約1兆3,589億円)に達すると予測されています。
2014年からの約5年間でインドのスタートアップ企業に対し合計52.4億ドル(約5,606億8,000万円)が調達されており、そのうち56%がフードテック系スタートアップ企業向けで、かつ、過去5年間でその調達額は約35倍とのデータもあり、今後大きな成長が見込める市場のひとつとして注目されています。
(2)インド国内で高まるフードデリバリー需要とその背景は?
インドにおけるオンラインフードデリバリーは、現在インド国内500以上の都市に展開されています。
成長要因としては、インド人のライフスタイルや食文化の欧米化・多様化に加え、スマートフォン普及による急速なデジタル化、都市部への移住の増加や女性の社会進出による共働き世帯の増加に伴う可処分所得の増加、インド特有の暑さや交通渋滞による利用拡大など様々な要因が挙げられます。
インド市場調査会社Businesswireの2020年のレポートによると、同市場のユーザーの約63%は、高いデジタルスキルを持つ現在25歳~34歳のミレニアル世代(1980年代から2000年初頭に誕生)が占めており、特にインド都市部におけるミレニアル世代の可処分所得の増加が同市場の成長に大きく起因しています。また、主なサービス利用理由としては、割引などのプロモーション(95%)、調理時間節約(84%)、利便性の高さ(78%)、多種多様なフード注文が可能(73%)等を挙げています。
(3)インド国内市場の動向とコロナ禍による影響
現在、インドのオンラインフードデリバリー(調理済フード)市場は、大きく分けて(1)オーダープラットフォーム型 (2)クラウドキッチン型、の2つのビジネスモデルに分類され、ここ数年でクラウドキッチン型へと移行する動きも見られます。
■ 大手外資企業が参入するも次々に撤退
インドの調理済フードデリバリー市場には、世界大手の米Uberやドイツ企業であるFoodpandaがオーダープラットフォーム型のビジネスモデルで参入。その後、各社はパートナー提携などを通じてデリバリーネットワークを拡大し、インド全土への事業展開を果たしたものの、1日100万件以上の注文が入る地場企業SwiggyとZomatoに対して、米Uber Eatsは多くて60万件ほどのオーダー数にしか及びませんでした。これ以上の営業赤字を食い止めるため、2020年1月、UberはZomatoの株式9.99%を所有すること条件に、インドのUber Eats事業をライバル企業である地場大手Zomatoに売却しました。
また、独Foodpandaは、2017年12月にインド地場配車サービス企業Olaに4,000~5,000万ドル(約42億8,000万~53億5,000万円)で全株式が買収されインド事業からは撤退をしています。その後、結果的にOlaも同社のフードデリバリー事業から撤退することとなり、クラウドキッチン事業に注力するとして、2019年5月に約1500人の従業員の解雇を発表しました。
■ 新型コロナウィルス感染拡大、落ち込むインドのフードデリバリー需要
フードデリバリーは生活に必要不可欠なサービス(Eccential service)であるものの、昨今のコロナ禍の状況下において、インドにおいては深刻な影響を受けています。業界大手2社であるZomatoやSwiggyでは、ロックダウン以前は1日250万件という安定した受注があったものの、新型コロナウィルスが広まり始めた3月の最初の約2週間で受注数は20%減少し、ロックダウン開始後は受注数は70%減少の1日100万件以下まで落ち込みました。
減少の理由としては、提携先のトップレストランの運営停止や地元警察からの配達阻害、特定の州では州政府によるデリバリー使用禁止などが実施された事に加え、デリバリー配達による新型コロナウィルス感染の懸念などが受注数の減少を後押ししています。
■ 業界大手2社による大幅な従業員の解雇・給与カットの実施
2020年5月、Zomatoはロックダウンによる業績悪化や今後の外食産業の25~40%縮小する見込みから、同社の13%にあたる5,000人以上の従業員を解雇、一部従業員の賃金を最大50%削減を発表しました。また、同社は運転資金の確保を目的とし、従業員に対し部分的もしくはフルタイムでの在宅ワーク導入など、勤務体系の変更を予定しています。次いで、Swiggyも新型コロナウイルスの感染拡大による業績悪化を受け、1,100人の従業員を解雇及びクラウドキッチン事業や隣接事業の事業縮小も発表しています。
■ Zomatoコロナ渦での新たな取り組み オンライン食料品配達を展開
ロックダウンに伴い、オンライン食料品の需要がインド全土にて急増した事を受け、Zomatoはロックダウン初期である4月7日、オンライン食料品小売業者のGrofersと提携し、80都市で食料品デリバリーを行う「Zomato Market」を立ち上げました。リリース後、同社のアプリには、地元の食料品店をリストアップするZomato Marketが搭載され、リリースから約2ヶ月で185以上の都市で食料品配達の拡大を行いました。
しかし、同社は2020年6月から始まったアンロック1.0の経済回復施策による提携レストランの再開や消費者の戻りを見越し、現在はオンラインフードデリバリー(調理済デリバリー事業)の回復に再注力すると方向転換を行い、食料品デリバリー事業は一時、縮小すると発表しています。
後編では(1)オーダープラットフォーム型と(2)クラウドキッチン型、それぞれの市場で活躍するインド国内スタートアップについてより具体的にご紹介をしたいと思います。
参照元データを見る
参考データ
(1)成長率27%が見込まれる注目のインド市場「オンラインフードデリバリー」
1)Indian Online Food Delivery Market Size, Share, Growth, Report & Forecast 2020-2025
2)Online food delivery may touch $12.53 billion by 2023
3)India’s food-tech industry to grow at 25% CAGR to USD 8 billion by 2022-end: Google-BCG report
(2)インド国内で高まるフードデリバリー需要とその背景は?
1)Outlook on the Online Food Delivery Market in India to 2024 – Increased Number of Dual Income Families Presents Opportunities
2)Indian online food ordering market set to grow at 16.2%, to touch $17.02 billion by 2023
3)Food aggregators, restaurants focus on cloud kitchens as business uncertainty reigns
(3)インド国内市場の動向とコロナ禍による影響
Zomato emerges as front-runner to buy Uber Eats in India, sources say
https://www.techinasia.com/zomato-frontrunner-buy-uber-eats
Ola drops Foodpanda delivery, lays off several employees
Foodpanda now in 100 cities across India, becoming the country’s largest food delivery network
Ola downscales Foodpanda; goes for lay offs and restructuring
監修者からのコメント
ある程度勝ち組が見えたインドのフードデリバリー市場。今後は収益性の確保がポイントに。
公共交通機関も未整備であり、ちょっとした外出をすることが日本からでは想像できないほどに不便なインドはあらゆるデリバリービジネスとの相性が良く、大きく成長してきました。フードデリバリーも例外ではなく、多くの企業が立ち上がり、ユニコーン企業も生まれ、一大産業となりました。こちらの記事にもある通り、現在プラットフォーマーとしてはSwiggyとZomatoのユニコーン2社が市場を寡占している状態です。一方で、「飲食店で作られた料理をバイクに乗った配達員がピックアップして届ける」というビジネスモデルにはこの2社を含めたほぼ全てのプラットフォーム間において本質的に差はなく、結果として(他のプラットフォームに負けないためには)ディスカウントやクーポン発行の応酬によるユーザーの獲得と繋ぎ止めを続けたり、配達員を他のプラットフォームに取られない様に一定以上のインセンティブを与え続けたりする必要があるため、結果としてどのプラットフォームも収益性に乏しい状況に陥ってしまっています。この状況を打破する為に、例えばSwiggyは「The Bowl Company」などの自社ブランドを複数立ち上げたり、他の飲食店事業者向けにデリバリー専用のキッチンを貸し出す「Swiggy Access」というクラウドキッチンサービスをすでに14都市で展開するなどして、プラットフォーマーとしての地位をを活かしながら収益性の改善を目指しています。また、Zomatoは「Zomato Gold」と呼ばれる、様々なな特典がもらえるサブスクリプションサービスを提供するなどして、こちらも収益性の改善を図っています。勝ち組がある程度は見えてきているインドのフードデリバリーサービス市場ですが、今後はここまで圧倒的な資金調達力も背景にプラットフォームとしての地位を築いてきたユニコーン企業が、しっかりと収益性を確保できるモデルを構築できるかに注目が集まります。
監修者:村上 矢
野村證券グループの東京及びNY拠点にて一貫してIT/インターネット領域のスタートアップを担当。多くの企業をIPOへと導く。2014年にインドへと移り、現地にてスタートアップ立ち上げを経験。2016年にIncubate Fund Indiaを設立し、ジェネラルパートナー就任。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 政治学専攻、歴史学副専攻 卒