"Focus" Indian Startup

スタートアップのインド戦略

Vol.12 コロナ禍でも躍進し続けるインドのフィンテック市場 その背景は?

世界成長の2倍以上の成長率!注目のインドのフィンテック市場

世界屈指のIT大国インド。近年では金融分野においてもモディ政権による「デジタル・インディア」政策をはじめ、様々な要因によりデジタル化の波が押し寄せ、ここ数年において同分野におけるデジタル化が顕著に進み続けています。

今回ご紹介する「フィンテック(FinTech)」とは、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、もっとも身近な例ではスマホを使った送金や人工知能(AI)を活用した融資審査、ブロックチェーン技術を利用した仮想通貨など、金融サービスとデジタル技術を結びつけた革新的な動きやその市場のことを指します。

同市場の世界年間平均成長率(CAGR : Compound Annual Growth Rate)は2015年以降7.9%で成長し続けており、2023年にはCAGR 9.2%に達し、約1580億米ドル(約17兆5,000億円)になると予測されています。

また、2025年には年率10.2%で1,918億4,000万ドル(約21兆2,500億円)、2030年には年率11.1%で3,253億1,180万ドル(約36兆400億)にまでさらに成長が加速すると予想されています。

特に、インドのフィンテック市場は、世界的に見ても著しい成長を遂げています。2019年には1兆9,216億ルピー(約2兆9,000億円)、2025年には6兆2,074億ルピー(約9兆3,000億円)に達し、2020年から2025年の間に年平均成長率(CAGR)は最大22.7%で成長し続けると予想されており、世界の成長率を大幅に上回ると予想されています。

また、世界最大規模のリサーチ機関“Research and Markets”の調査データによると、世界のフィンテック導入率が64%であるのに対し、2020年3月時点で、インドは中国と並び、フィンテック導入率は87%を占めており、新興市場の中で最も高いフィンテック導入率を誇っています。

急成長し続けるインドのフィンテック市場 その背景は?

今や世界的にもキャッシュレス先進国として知られるインド。

もともとインド経済は現金主義ではあったものの、インターネットやスマートフォンの普及、更にはインド政府による積極的な「デジタル化推進(キャッシュレス化)」への取り組みなどが、主な推進要因として挙げられます。

【成長要因①】インドでの爆発的なインターネット普及

フィンテック市場を牽引する大きなひとつの要因に「インターネットの普及」が挙げられます。

インドのインターネット普及率は一貫して向上し続けており、2015年時点では27%であった普及率が、2020年時点では人口の4割以上に当たる5億6千万人以上のインターネットユーザーを抱えるまでに成長しました。

さらに、2023年には6億5,000万人に達するまでに急成長を遂げると推定されており、中国に次ぐ世界第2位のオンライン市場として注目されています。

なお、同国のインターネット普及率向上の主な要因としては、低価格帯のスマートフォン流通に加え、安価なデータプランの利用が可能になったこと、更には政府による「デジタル・インディア」の取り組みが普及率向上の後押しをしています。したがって、インターネットユーザーの大半は、スマートフォンなど携帯電話からインターネットを利用しています。

【成長要因②】「高額紙幣廃止」により一気に「キャッシュレス社会」が加速

インドは2015年頃までは現金主義国であり、決済の約8割が現金にて実施されていました。しかし2016年11月8日、インドのモディ首相は「ブラックマネー撲滅対策」として突如「高額紙幣廃止政策」実施に踏み切りました。

当該政策により、モディ首相による演説翌日から1000ルピーと500ルピー紙幣の2種類が使用不可となり、法的通貨としての効力を失った旧紙幣は銀行にて新紙幣と交換される事を余儀なくされました。

こうしたインド政府の大規模な取り組みにより、インドはフィンテックを活用したキャッシュレス社会・決済手段の電子化への大きな転換期を迎えました。

2011年の国勢調査ではインド国内には銀行口座を持たない世帯が都市部で約30%、農村部では約45%に達すると言われていましたが、高額紙幣廃止を契機に、これまでタンス預金となっていたキャッシュが電子化されたり、インド全土で銀行口座開設が急速に進むなど、フィンテックが普及する土壌が整ったと言えます。

【成長要因③】インド政府による「インディア・スタック」

10年以上の長期にわたり、国を挙げてのデジタル化を推進しているインド政府。

インド政府は新しい公共インフラである「インディア ・スタック(India Stack)」整備を進めています。

インディア ・スタックにより、官庁と民間企業それぞれがデータ活用したデジタルサービスの開発・流通が可能となり、全国民が公共財としてデジタルサービスを受けられるようになるデジタル化社会の実現を目指しています。

インディア ・スタックの基盤となる取り組みとして、インド政府は2010年から国民の管理を目的とした国民識別番号「Aadhaar(アダール/アドハー)*」の導入・普及を推進しており、このAadhaarカードこそがインディア ・スタックの基盤となっています。

主なレイヤーとしては、Aadhaarを土台として目的別に以下4つに分類されています。

  1. 対面化(Presence-less)
    デジタルIDにより国内どこからでもあらゆるオンラインサービス受給が可能に
  2. ペーパーレス化(Paperless)
    デジタルによる記録が個人IDに紐づけて管理可能となり、情報収集や保管を目的とした紙の大幅な削減に繋がる
  3. キャッシュレス化(Cashless)
    すべての銀行口座や電子決済への単一化が可能に
  4. 個人同意のもとでのデータ共有化(Consent)
    オープンで民主的なガバナンスモデルの実現が可能に

2014年よりインド政府による本格的な取り組みが行われているインディア ・スタック。

このデジタルインフラ基盤の整備により、官庁と民間企業を問わず公平なデジタルビジネス環境が実現しており、この開放的な取り組みこそがフィンテック市場の成長に大きく貢献していいます。

なお、インディア ・スタックに関する詳細に関しては、以下記事をご参照ください。

オープンAPI「インディア・スタック」とは(前編)

インディア・スタックはなぜ画期的なのか(後編)

*Aadhaar(アダール/アドハー):2010年に導入されたインドの国民識別番号制度の名称。日本のマイナンバーにあたり、指紋や虹彩による生体認証、発行される12桁の番号により“極めて信用度が高いデジタルID”として幅広く活用。携帯電話の契約、銀行口座、決済、医療、保険等といった様々な生活インフラと包括的に結び付けられている

インド・フィンテック企業の時価総額は急上昇

ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)とFicci社発表の調査レポート「India FinTech: A USD 1,000 Billion opportunity」によると、過去5年間でインドのフィンテック企業は世界中の投資家から約100億米ドル(約1兆1,000億円)の資金調達を達成しました。

また、現在のインド国内フィンテック企業の時価総額は推定500〜600億米ドル(約5兆5,400億~約6兆6,000億円)にものぼると言われ、2025年までには現評価額の3倍にも上る1,500〜1,600億米ドル(約16兆6,000億~約17兆7,000億円)に達すると推定されており、今後数年間における力強い成長が見込まれています。

さらに、インドでは短期間の間にフィンテック企業数が急増しています。

2021年5月時点で、同国で誕生した2,100社以上のフィンテック企業のうち、約67%が過去5年間に設立されています。今後5年間で同業界での200~250億米ドルの追加投資が実現すれば、インドのフィンテック・ユニコーン企業の数は、2025年までに2倍以上になる可能性があると見込まれています。

なお、2021年時点で8社のフィンテック企業が「時価総額10億米ドル(約1,100億円)」のユニコーン企業へと成長を遂げており、中でも2020年1月以降には新たに3社のユニコーン企業(Pine Labs、Razorpay、Digit Insurance)が誕生しました。また、近い将来ユニコーン企業への成長が見込まれるスニコーン(Soonicorns)企業も5社誕生しており、さらに44社が1億米ドル(約110億円)以上の評価額となる企業へと成長しています。

なお、同市場におけるスタートアップエコシステムの重要な拠点となっているのは、インド屈指のIT都市である南部バンガロール。

インドITメディアCXOtoday.comの報道によると、急成長しているスタートアップ50社のうち、約18社がバンガロールを拠点に誕生し、次いでデリーNCR地域に拠点を置く企業が12社となっています。

さて、次回以降で具体的なフィンテック企業についてご紹介をしたいと思います。まずは、決済企業および融資関連企業を合計5社、さらに、資産管理・運用、保険関連企業を合計4社ご紹介いたします。

Vol.13 : 今押さえておくべきインドのフィンテック企業 前編(決済・融資編)

Vol.14 : 今押さえておくべきインドのフィンテック企業 後編(保険・資産管理/運用編)