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インド基礎概論

A-1-3. インドにおける非公開会社の増資手続きについて

インドで非公開会社(Private Limited Company)が増資を行う主な方法として、株主割当増資(Rights Issue)第三者割当増資 (Private Placement)があります。本項目では、増資に係る事前準備の概要から始め、それぞれのプロセスや違いを整理し、必要な手続きや法的要件について解説します。

※他の資金調達の手段としては、親子ローンによる借入や、地場金融機関からの借入が考えられます。

 1. 株価評価および株価評価証明書(Share Valuation Certificate)の取得

まず、増資に先立つ事前手続きとして挙げられる、株価評価および「株価評価証明書(Share Valuation Certificate)」の取得について説明します。

新規に株式を発行する場合、その株式の発行価額は国際的に認められた独立企業間価格(As per any internationally accepted pricing methodology on arm’s length basis)でなければならないと定められています。この価格を公正に評価するために、株価評価が必要となり、その株価評価方法の1つとしてディスカウントキャッシュフロー(DCF)法が用いられるのが一般的です。このDCF法は5カ年の事業計画数値に基づき、将来得られるキャッシュフロー(現金収支)を現在の価値に割り引いて計算することで、企業やプロジェクトの価値を評価する手法です。この事業計画書には、収益および投資計画、財務計画、資金調達・用途の詳細、成長見込みや市況の観点からの市場分析、リスク対策などが考慮されます。

また、株価評価証明書は、現行市場価格や将来の収益性を考慮した公平な価格設定を目的とすることから、インド勅許会計士、または、インド証券取引委員会(SEBI: Security Exchange Board of India)に登録された評価人(Registered Value:当局の認定を受けたマーチャントバンカー)が発行します。

2. 株主割当増資(Rights Issue)

株主割当増資では、会社が既存株主に対して株式割り当て(Rights Issue)を行い、持ち分に応じた新株を割り当てます。【2013年会社法(Companies Act, 2013)第62条にて規定

プロセスは以下の通りです。

授権資本枠(Authorized share capital)は、法人設立時に定款で規定した資本金の上限、すなわち会社が発行可能な株式の上限を指します。授権資本枠内であれば、取締役会の決議をもって新株の発行が可能ですが、不足する場合は授権資本の引き上げが必要となります。

  1. 取締各会を開催し、授権資本額および資本金 (Paid up share capital)の引き上げ、すなわち定款(MOA)の変更を決議します。
  2. 株主総会を招集し、定款変更に伴う特別決議 (Special resolution) を採択し、議決権の4分の3以上の賛成を得る必要があります。
  3. 特別決議成立後30日以内に、会社登記局 (ROC: Registrars of Companies) へForm SH-7およびMGT-14を提出し、所定の法定費用を収めます。
    ※なお、授権資本枠の設定額に上限はないものの、設定額に応じて印紙税を収めるため、留意が必要です。また、授権資本額の引き上げが不要な場合は、Form SH-7の登記も省略できます。
  4. 取締役会および株主総会を開催し、増資の目的、発行する株式数と価格、権利割当比率(例: 1株につき新株1株の購入権)、株主の新株購入権の行使期間(最低15日、最大30日)を決議します。また株主に送付する「オファーレター (Offer Letter)」も承認します。
    ※権利を行使しない場合、他者に譲渡することも可能です。
  5. 株主に対して割当の条件、価格と支払い方法、権利行使の期限を通知する「オファーレター」を発行し、郵送もしくは電子メールで送付します。
  6. 株主は、必ずルピー建てで金額を指定し、資本金を送金します。
  7. 取締役会を招集し、 株式割当を決議・承認します。株式の割り当ては資金着金後60日以内に行う必要があります。
  8. 株式割当後60日以内にForm PAS-3を通じてROCに 登記します。
  9. 株式割当後60日以内にインド準備銀行 (RBI: Reserve Bank of India)へも、資本金受領および株式割当の報告を行います。報告の際、銀行が発行する外国国内仕向送金証明書(FIRC:Foreign Inward Remittance Certificate)という証明書を添付し、提出します。
  10. 株式証書(Share Certificate)を発行します。同証書には当局で納付した印紙税の証書を添付してもらう必要があります。

※2023年10月27日付のインド企業省発出の通達 によって、非公開会社に株式等の有価証券を電子化することが実質義務づけられました。適用対象となる非公開会社の株式を保有する株主に対し、保有済みの株券が電子化されていない場合には、新株の引き受けができない、保有している株式の譲渡ができない、等の影響があるため、留意が必要です。また、手続きについても、非公開会社側と株主側で必要な各書類の準備や所要期間も異なるため、効率的な手順や方法を踏まえたスケジュールが必要となります。

詳細については、こちらのリンクをご確認くださいませ。

https://g-japan.in/faq/entry-a-1-2/

 株主割当増資の特徴と利点として、株主の持分比率を維持できること、既存株主に対する株式割当であるため比較的容易なプロセスでスムーズに実行が可能である点が挙げられます。

3. 第三者割当増資 (Private Placement)

第三者割当増資は、既存株主以外の株主 (特定の投資家や第三者) に対して株式を発行する方法で、通常、投資家や事業パートナー企業等からの資金調達を目的としています(VC等からの資金調達の場合は、優先株式や強制転換社債等を発行するケースが一般的)。通常、非公開会社は定款上、株式の公募発行が禁止されているため、私募を発行(Private Placement)します。【2013年会社法(Companies Act, 2013)第42条にて規定

プロセスは以下の通りです。

  1. 取締各会を開催し、授権資本額および払込資本の引き上げ、すなわち定款の変更、また、私募発行オファーレター (PAS-4: Private Placement Offer Letter)に係る承認を決議します。
  2. 株主総会を招集し、定款変更に伴う特別決議 (Special resolution) を採択し、議決権の4分の3以上の賛成を得る必要があります。
  3. 特別決議成立後30日以内に、会社登記局 (ROC) へForm SH-7およびMGT-14を提出し、所定の法定費用を収めます。
    ※なお、授権資本枠の設定額に上限はないものの、設定額に応じて印紙税を収めるため、留意が必要です。
    また、授権資本額の引き上げが不要な場合は、Form SH-7の登記も省略できます。
  4. 取締役会および株主総会を開催し、増資の目的、発行する株式数と価格、対象投資家(例:特定の個人または法人)を決議します。また各投資家に対し送付する「オファーレター (Offer Letter)」も承認します。
  5. 各投資家に対し、割当の条件、価格と支払い方法、権利行使の期限を個別に通知する「オファーレター」を発行し、郵送もしくは電子メール送付します。
  6. 株主は、増資専用の特別銀行口座を開設し、必ずルピー建てで金額を指定し、資本金を送金します【会社法第42条(6)】。
    ※同特別口座は、資金流入の透明性を確保するためのもので、株式発行に係る資金のみが振り込まれます。株式割当完了時に、閉鎖が可能です。
  7. 取締役会を招集し、株式割当を決議・承認します。株式の割り当ては資金着金後60日以内に行う必要があります。
  8. 株式割当後60日以内にForm PAS-3を通じてROCに登記します。
  9. 株式割当後60日以内にインド準備銀行 (RBI)へも、資本金受領および株式割当の報告を行います。報告の際、銀行が発行する外国国内仕向送金証明書(FIRC:Foreign Inward Remittance Certificate)という証明書を添付し、提出します。
  10. 株式証書(Share Certificate)を発行します。同証書には当局で納付した印紙税の証書を添付してもらう必要があります。

第三者割当増資は、特定の投資家や事業パートナー企業を対象とするため、株主比率を調整できる点が大きな特徴です。資金調達の選択肢の幅が広がる他方、当局への追加登記や特別銀行口座の開設など、株主割当増資と比較するとプロセスが複雑になる点に留意が必要です。

インドで非公開会社増資を実施する場合は、資金調達の目的や規模、対象者に応じて、株主割当増資もしくは第三者割当増資かを見極め、それぞれの法的手続きや規制を遵守し、透明性の高いプロセスを確保しつつ進めることが鍵となります。

 

関連・参照情報

執筆者紹介About the writter

寺島かほる | Kaoru Terashima
一橋大学大学院社会学研究科修了。東京大学大学院総合文化研究科在学中。出版社編集部、外資大手小売企業やベンチャー企業のスタートアップメンバーを経て、公的機関にて約3年間、主に南西アジアの調査業務に従事。南インドの地域特性を活かした、日系企業のインド進出と成長を後押しすべく、2024年5月より当社に参画。法務・会社秘書役業務(CS)を担う。

インド基礎概論

A-1-1 : インド現地法人の設立手続について

A-1-2. 非公開会社の株式等の有価証券の電子化について

A-1-3. インドにおける非公開会社の増資手続きについて

A-2. インド現地法人設立後のコンプライアンスについて

A-3. インドでのJV・合弁会社の設立時に注意すべきポイント

A-4. インド駐在員事務所・支店の設立条件・要件および設立前に確認すべき事項

A-5. インド駐在員事務所・支店の設立手続について

A-6. インドの支店・駐在員事務所 設立後のコンプライアンス

A-7. インドLLPの設立条件・要件および設立前に決定すべき事項

A-8. インドLLPの設立手続について

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A-10. 日系企業のインド進出状況と今後の動向