I-50-3. インド駐在員の配偶者がインドで働く場合の注意点
「駐妻」「駐夫」と呼ばれることの多い駐在員配偶者ですが、近年は駐在員に帯同した後も就労を希望する方が増加してきました。今回は、インド駐在員の配偶者がインド国内で働く場合にビザ要件・税務・社会保障の観点から注意すべき点についてケース毎に解説したいと思います。
1. インド現地採用として働く場合
(1)ビザ要件:
現地採用としてインドの会社で働く場合、就労ビザ(Employment Visa)の取得が必要です。通常は、雇用先のインド企業がスポンサーとなり、ビザ取得をサポートします。インド国内で配偶者ビザ(Dependent Visa)から就労ビザへの切り替えはできないため、日本でビザの切り替えを行う必要があります。なお、就労ビザの発給要件である最低年収基準は1,625,000ルピーです。
(2)税務:
インドで給与を受け取るため、インド国内で発生する所得として課税されます。インドでは4月から翌3月までを課税期間として規定しており、毎年必ず7月末までに個人所得税の確定申告を実施する必要があります。なお、インド駐在員の配偶者が現地採用として働く場合には、インド駐在員の海外勤務手当や帯同家族手当などの待遇面において変更される可能性があるためご留意ください。
(3)社会保障:
日本の社会保障制度(健康保険、雇用保険、年金)からは抜けることになり、就職先のインド国内企業が社会保険適用事業所の場合にはインドの社会保障制度に加入することとなります。インドの社会保障制度は日本と比較し非常に限定的ですが、代表的なものに日本の厚生年金に当たる被用者積立基金(EPF:Employees’ Provident Fund)があり、これは従業員数が20名以上の組織で働く従業員は加入が必須となるものです。最低標準月額である15,000ルピーの12%(=1,800ルピー)を最低拠出月額とし、従業員と会社の合意に基づき任意で最大月給額の12%まで引き上げることが可能です。例えば最低拠出月額である1,800ルピーを積み立てる場合、従業員と会社がそれぞれ毎月1,800ルピー(計3,600ルピー)を拠出する必要があります。EPFの利率は毎年インド政府によって決定され、その利率は一般的なインド国内の銀行定期預金や他の運用商品と比べて高めに設定されています。そのため拠出額を増やしたいが会社からの合意を得られない場合、会社負担分は1,800ルピーのままで本人負担分のみを引き上げることも可能です。2016年の日印社会保障協定が結ばれる前までは、インド人従業員と同じく外国人従業員も年齢が58歳に到達していなければEPFの受給資格を得られませんでしたが、現在はインド現地法人との雇用関係がなくなったタイミングで給付申請を行うことが可能となりました。なお、5年以上の期間においてEPFへ拠出している場合は受給の際に免税となりますが、拠出期間が5年未満の場合はインド個人所得税の課税対象となります。
2. インド駐在員として働く場合
(1)ビザ要件:
現地採用で働く場合と同様に、就労ビザ(Employment Visa)の取得が必要です。通常は、雇用先のインド企業がビザの発給スポンサーとなり、ビザ取得をサポートします。
(2)税務:
現地採用の場合、総所得から個人で確定申告を行い残った金額が手取りとなります。しかし、駐在員の場合は個人所得税を会社負担として給与の手取り(※下図参照:みなし手取り給与)を保証することが多く、その場合はグロスアップ計算という方法で計算されます。通常は、会社が従業員の代わりに負担する所得税およびその他現物給与が個人の課税所得として追加で課税されること(グロスアップ)によってさらに発生する所得税部分についても、追加で個人の課税所得に含める必要があり、その追加所得に対してさらに課税がされ、複数のグロスアップ計算を行う“ループ課税”が起こります(Multiple stage gross-up)。ちなみに、インド所得税法上、グロスアップ計算によって追加で発生した所得税に関しては、さらに個人所得に含めなくてもよい(=免税)とする一段階のみのグロスアップ計算(Single stage gross-up)を選択適用することが可能です。なお、この場合、当該会社負担部分の所得税を法人税法上の損金に参入することができない点はご留意ください(※インド所得税法第10(10CC)項)。
私的利用を目的とする社用車など、駐在員のインド滞在に伴い会社から付与される手当は駐在員の給与所得の一部として課税されます。インド国内で勤務をしたことにより得られる給与(=インド国内を源泉とする所得)については、支払場所・支払通貨を問わずインド国内で課税されるため、日本円で受け取る給与もインドで課税されますのでご留意ください。
現地採用で働く場合と同様、毎年必ず7月末までに個人所得税の確定申告を実施する必要があります。
(3)社会保障:
2016年に日印社会保障協定が結ばれたため、派遣期間が5年を超えない駐在員の場合にのみ、日本年金機構から適用証明書(COC:Certificate of Coverage)を取得することによって、例外的にインドの社会保障制度に加入する必要がなくなりました(COCについては提出の必要はなく、あくまで社内保管義務。特段の事情があれば延長も可能)。そのため、日本の社会保障制度(健康保険、雇用保険、年金)のみが継続され、インドの社会保障制度には加入する必要はありません。
3. リモートワークで日本の業務を行う場合
(1)ビザ要件:
インド内務省(MHA : Ministry of Home Affairs)の規定により、インドの配偶者ビザは経済活動(金銭授受を生む行為全般)が禁止されています。デジタルノマドビザの規定がないインドでは、例えば、配偶者ビザでインドに入国している個人が、たとえ日本の業務をリモートで行っていたとしてもインドで仕事をして所得を得ることはビザ規定の違反となる可能性が高いため、就労ビザの取得が必要となります。雇用先にビザの発給スポンサーとなるインド企業がない場合、EOR(後述)を活用するという選択肢があります。
(2)税務:
給与・手当を含む待遇パッケージによって異なりますが、就労ビザを取得してリモートワークを行う場合の待遇面が一般的な現地採用もしくは駐在員と同様の場合にはすでに上記でご説明のとおりです。一方で、日本の会社に所属をしたままインドからリモートワークを行い、日本の銀行で円建ての給与を受け取るようなケースでは、ビジネスビザを取得した上で、日印租税条約に規定される以下3つの条件を満たす場合に限り、インド国内における所得税の納税義務は発生しません(短期滞在者免除)
- 出張者の課税年度におけるインド滞在日数が合計183日を超えないこと
- 報酬が日本法人など、インド国外居住者により負担されるものであること
- 報酬が、日本法人のインド国内に有するPEにより負担されないこと
なお、下記の居住ステータス判定表に基づき、通常の居住者(ROR)に該当する場合には、全世界所得課税となるため、インド国内でリモートワークをしたことにより得た所得に限らず、インド国外を源泉とするその他の所得(例えば、日本の不動産収入や、日本の株式配当収入、その他副業で得ているあらゆる報酬など)も含めてすべてインド国内で課税されることとなるため注意が必要です。
(3)社会保障:
基本的に、駐在員と同様の扱いになります。
4. 恒久的施設(Permanent Establishment: PE):
日本企業の業務をインドでリモートワークする場合、「恒久的施設(Permanent Establishment: PE)」は税務上の重要な論点になります。PEに該当すると見做された場合、日本企業の事業所得がインドで課税対象になるリスクにつながります。以下にPE論点の注意点をまとめました。
(1)固定的施設PE (Fixed Place PE)
- 固定的施設の有無:配偶者がインドで特定の場所からリモートワークを行い、その活動が日本企業の利益のために行われると、その場所が固定的施設PE(場所PE)とみなされる可能性があります。
- 専属性と業務内容の範囲:配偶者が業務に専念している場合、当該業務が「固定的に事業が行われる場所」と判断されるリスクが高まります。また、業務内容が日本企業の利益に直接貢献するものである場合には特にPEリスクが高まります。
(2)代理人PE (Agency PE)
- 契約締結権限の有無:配偶者がインドからインド国内の顧客企業との契約交渉や契約締結およびそれにかかる主要な役割(Principal Role)を担っていると見なされる場合、代理人PEに該当する可能性があります。たとえ直接的な契約権限がなくても、交渉や契約の一部を担う場合、インド税務当局がPEとみなすリスクがあります。
- 取引の習慣性:配偶者がリモートワークを通じて日本企業とインド間で恒常的な取引が行われていると認定されると、代理人PEリスクがさらに高まります。一方で、日本企業の専属ではなく、かつ、恒常的ではない「独立代理人」と見なされる場合にはPEとは認定されません。
(3)補助的・準備的業務の範囲
- 業務内容の確認:PEが成立しないためには、業務が「補助的または準備的業務」であることが必要です。具体的には、データ整理や報告書作成、リサーチなど、利益の創出に直接関与しない業務が該当します。
- 業務の主従関係:例えば、売上につながるマーケティング活動(市場調査や人的ネットワーク構築などの準備活動を除く)や営業活動が行われている場合、補助的・準備的業務と認められにくく、PEリスクが高まります。
(4)税務リスクの管理と書類整備
- 業務範囲の明確化:業務契約や勤務内容を文書で明確にし、「補助的・準備的業務」の範囲に収めることで、PEリスクを低減できます。
- 証拠書類の保管:配偶者がリモートワークを通じて日本企業の利益に直接関与していないことを証明するために、業務記録や証拠書類を整備しておくことが重要です。インドでの監査対応として、勤務状況や役割分担について具体的な記録を保管しましょう。
5. 居住者区分とその影響
インドでは、個人の居住者区分により所得税の課税範囲が異なります。区分は以下の通りです。
- 通常の居住者(ROR : Resident, Ordinarily Resident): インド内外のすべての所得に対して課税されます(全世界所得課税)。
- 非通常の居住者(RNOR : Resident, Not Ordinarily Resident): インド国内で発生・受領した所得およびインド国内で管理される事業からの所得が課税対象です。
- 非居住者(NR : Non-Resident): インド国内で発生・受領した所得のみが課税対象です。
通常の居住者として区分された場合、不動産所得や金利収入など労働収入以外に対しても課税されるため、配偶者ビザで滞在している人もインド国内で確定申告を行う必要がありますので注意が必要です。
6. EORという選択肢
EOR(Employer of Record、代替雇用サービス)とは、EOR事業者が人材の受け入れ機関となることで、インド現地法人を設立することなく日本人駐在員をインドに派遣したり、インド人材を代替雇用することができる制度です。インド国内に現地法人や駐在員事務所などの自社拠点を持っていなくても、リモートワーク拠点を立ち上げることができ、かつ、インド国内のコンプライアンスリスクや雇用リスクを負わずにインド人材を雇用することもできます。
弊社関連会社のINDIGITALではインドに特化したEORサービスをご提供しておりますので、お気軽にお問い合わせください。
執筆者紹介About the writter
筑波大学生命環境学部卒業。大手日系企業に入社後、営業部にて日々インド人とコミュニケーションを取る職場環境に身を置き、インドをはじめ、中国、タイ等の海外子会社の経営管理業務に約4年半従事。海外子会社経営の難しさ・大変さを目の当たりにした経験から、インドへ進出する多くの日系企業をより直接的に支援したいと考え当社に参画。現在はインド税務・会計のアドバイザリー業務、およびインド市場調査業務を担当している。デリー在住。
コロナ時代のインド進出戦略
I-49-1 : インドにおけるリモートマネジメント術(ツール活用編)
I-49-2 : インドにおけるリモートマネジメント術(スケジュール管理編)
I-49-3 : インドにおけるリモートマネジメント術(クオリティ管理編)
I-49-4 : インドにおけるリモートマネジメント術(チームビルディング編)
I-49-5 : インドにおけるリモートマネジメント術(人材育成編)
I-50-1 : インド・トライアル進出のすすめ:リスクを抑えたグローバル展開を
I-50-2 : オンライン・クロスボーダーによるインド人材活用
I-50-3. インド駐在員の配偶者がインドで働く場合の注意点