Indian Business with COVID-19

コロナ時代のインド進出戦略

I.49-5インドにおけるリモートマネジメント術(人材育成編)

1. 社員の育成

リモートワークでは社員と接触する機会が減るため、従業員が実施した業務に対して適切なレビューおよび細かいフィードバックが難しくなります。すると、スタッフを育成する機会が減り、スタッフのモチベーションも低下します。

このような事態を防ぐため、経営層やマネージャークラスが部下の作業をしっかりとレビューし、本人の成長につながるフィードバックを継続的に実施することが大切です。十分な時間が取れない場合には外部専門家にレビューを委託する必要があります。

そもそも、適切なレビューを実施するためには、各スタッフに求める期待値を事前に定義しておかなければなりません。期待値が曖昧なままレビューを実施すると、勤務態度や勤怠状況といった安直な指標で評価せざるを得なくなります。

日本の企業でよく見られる光景として、例えば仕事が早く終わるAさんと毎日残業しているBさんがいた場合に、「毎日定時で帰宅しているAさんは暇そうだから、Bさんの仕事をAさんに振ろう」と安易に考えてしまう上司がいます。実際は、Aさんが創意工夫で早く仕事を終わらせているのに対してBさんはダラダラと残業していただけかもしれません。その状況を理解せず、Bさんの仕事をAさんに振ってしまうと、Aさんは「ダラダラと仕事をした方が業務量も減るし残業代も稼げる」と考えるようになってしまい、組織全体の生産性が下がってしまいます。

これは多くの企業で見られる光景ですが、インドでこのような安易な仕事の振り方をするとAさんの転職リスクが一気に高まります。一方、本当にAさんの業務量が少なかっただけで、優秀なBさんに仕事が集中していたという可能性もあります。この場合は逆に、Bさんの仕事をAさんに振らないと、優秀なBさんは「給料はAさんと同じなのに、私ばっかり仕事を振られて理不尽だ」と考えて転職してしまうかもしれません。事前に期待値を設定しておけば、単にAさんの業務量が少ないだけなのか、Aさんが創意工夫により仕事を速く片づけているのかを一定の基準をもって測定することができます。

日本の場合、部下が担当している仕事を自分も過去に経験しているケースが多いため、期待値の設定は比較的容易かも知れません。しかし、インドに赴任した経営層やマネージャーにとってインド人が担当している業務を理解するのは容易ではなく、従って成果の計測や評価も容易ではありません。この点については、信頼できるマネージャークラス以上のインド人や外部専門家と相談すると同時に、商工会や日本人会等を通じて同業界の日本人と知り合って情報収集に努め、インドの現場レベルの実務について少しずつでも理解を深めていく必要があります。

 

2. 中長期的なキャリアに関する対話

これまで日本では新卒一括採用、ジョブローテーション、年功序列型賃金、終身雇用制が一般的であったため、従業員のキャリア=会社でのキャリアであり、会社の思惑とは別に従業員のキャリアを考えるという習慣は希薄でした。従業員の側も、会社にキャリアを預けるのが一般的であるため、自分がどのようなキャリアを構築したいのか真剣に考えていなかった人も多いのが実情ではないかと思います。近年では日本でも終身雇用制が崩壊していると言われ、海外に倣った成果主義やジョブ型のキャリアが浸透しつつありますが、まだまだ従来の日本型キャリアは残っています。

一方、インド人では「1つの会社で生涯勤め上げる」という発想は珍しく、自分の成長と給料をより重要視する傾向があるため、社外により良い成長や昇給のチャンスがあればどんどん転職していきます。

 

3. 双方向のコミュニケーション

日系企業でインド人を雇用する場合、日本人の方がインド人よりも立場が上になることから、ともすれば無意識のうちに日本のやり方を一方的にインド人へ押しつけてしまいがちです。もしインド人スタッフが納得感のないまま働いてしまうと、言われたことしかやらない/言われたことさえもできない人材ばかりが育ち、結果的に生産性や品質の低下を招く可能性があります。このような事態を防ぎ、インド人スタッフに納得感をもって働いてもらうためには、日本とインドにおける商習慣の違いや考え方の違いを受け入れ、その違いを双方が認識できるようなコミュニケーションを意識的に実施したり、異文化理解を深める研修などを取り入れたりすることが大切です。

例えば、インド人スタッフから「この書類は明日が締め切りなので、今日中に本社の社長の署名捺印をもらってください」と言われた場合、日本の感覚では「なぜそんな重要なことを締め切り直前に言うのだ。もっと早く対応できなかったのか」とインド人スタッフを責める気持ちになるかも知れません。しかしインド人からすると、社内稟議に何週間もかかったり、社長の署名捺印をもらうだけで様々な社内手続きが必要となったりする日本の企業文化が理解できません。インドでは頻繁に法令が変更となったり、期限直前に様式が発表されたりすることがあるため、早めに対応し過ぎると二度手間になることもあり、期限ギリギリまであえて待って対応することが合理的であるケースも散見されます。

このようなことは、インドの文化的な背景を理解しなければ「インド人が怠けている」と誤解し、無用な摩擦を生んでしまいます。一方で、本当にインド人スタッフが怠けている場合もあるので、適切な評価やコミュニケーションをするために、インドの文化・考え方・価値観に理解を示しつつ、日本人としてのそれ(=期待値)を丁寧に説明・共有する機会をつくることが大切です。

 

4. VRを活用した現場研修のリモート化

なお、リモートワークにおける人材育成において、もっとも難易度が高いのは「現場」がある職場ではないでしょうか?もちろん、現場で直接顔を合わせて仕事ができればいいのですが、技術者やトレーナーがインド国外にいるケースでは現場研修にかなりのコストを要します。例えば、インド国内に進出をしている製造業の組み立て工場や、日本食レストランの飲食店現場等においては、そのトレーニングや研修のために日本人がインドに出張をしたり、場合によってはインド人材を日本に連れてきて研修を実施するケースもあるでしょう。弊社では、業務提携をしているPotlatch社が提供する3Dトーレニング”ビートレ”を活用し、トレーナー不足の課題を3Dを使った現場研修のセルフラーニング化とリモート化で解決しています。”ビートレ”は、あらゆるデバイス(VRヘッドセット、デスクトップ、タブレット、モバイル)で利用可能で、新入社員が1人で何度でも練習できるセルフラーニング用コンテンツと、遠隔からトレーナーが参加して説明することができるリモートトレーニング環境の両方を備えています。ご興味のある方は、ぜひ弊社までお問い合わせください。

会社名   :Potlatch, Inc(日本支社: 株式会社日本XRセンター)
設立日   : 2020年11月11日
累計資金調達:約1.3億円(90万米ドル)
代表取締役 :小林大河
日本支社住所: 〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町16−13 桜丘フロントⅡ Skyland Ventures内
Website    :https://www.vrarri.com
事業内容  :VRトレーニング及びVRコンサルティングの提供 顧客側でマニュアルを編集可能なVRトレーニングプラットフォーム”ビートレ”を開発。利用人数に応じた月額課金で始めやすく、音声認識、表情認識など、最新技術を取り入れている。

5. さいごに

 様々なリモートワーク術をご紹介しましたが、最も大切なのはスタッフとの信頼関係であると感じます。信頼関係が構築できていれば多少雑なマネジメントでもリモートワークは上手く回りますし、信頼関係がなければ細かく管理しても失敗します。

 「インド人は約束を守らないし、時間には遅れるし、言い訳は多いし・・・本当にレベルが低くて疲れる。信頼できない。」という声もよく聞きます。しかし、そのようにインドの悪い面ばかりに注目してインド人やインド文化のことを見下した態度を取っていたら、その態度は確実にインド人にも伝わります。また、(自戒の意味も込めて)そもそも仕事の指示の仕方自体に曖昧さがあった、というケースも多いと痛感しています。

例えば、「言うことがコロコロと変わるインド人の朝令暮改な態度は信用できない」と感じる方も多いかも知れません。しかし、これも一長一短です。エリンメイヤーのベストセラー書籍「異文化理解力」によれば、日本は世界的に見ても(ドイツと並び)スケジューリングが最も厳しい国の1つで、またトップダウンよりもボトムアップの合意形成を好みます。平たく言うと、日本型の組織は「社員みんなで決定し、一度みんなで決めたことは社長でも簡単には変えられない。そして、みんなで決めたことはみんなで守る」という文化を持ちます。

従って、日本型の組織文化は長期計画に基づいてチームワークで組織を動かす仕事で強みを発揮します。例えば、鉄道や工場などは一度作ってしまったら簡単には変えられませんし、大勢で力を合わせて動かす必要があるため、このような分野では日本型組織文化の強みが活かされるのではないかと考えます。明治時代の富国強兵や戦後の高度経済成長で日本が躍進した理由や、新幹線やリニアモーターカーなどで日本が世界最先端の技術を実用化できた理由はここにあると考えています。

しかし、21世紀に入ってIT産業が主流になると流れが変わります。例えば、今世紀の主流産業といえるIT産業については、鉄道や工場の建設とは異なって初期費用がかからず、後からいくらでも修正できます。Webサイト制作やアプリ開発、デジタルマーケティング業界では、(決済や情報セキュリティ関係の機能実装は別として)最初に完璧な計画を作って遂行することよりも、「間違っても良いから試してみて、後から修正する」という姿勢が大切になります。従って、IT産業では日本型の組織文化よりも、「まず行動して、間違ってたら修正する」というインド型の組織文化の方が適していると言えるのです。「うちはIT業界ではないからインド人の長所は活かせないだろう」と考えてしまう方もいらっしゃるかも知れませんが、製造業の中でも業務内容によってはインド人の長所を多分に活かせるところがないか、知恵を振り絞って考えみるのもインドで仕事をすることの醍醐味です。

このように、時代や業界によって求められる資質は異なるため、「日本の方がインドよりもレベルが高い」などと断定することはできません。インドには日本とは異なる特徴があるので、インドの文化や価値観を学び、その強みをビジネスで活かせる経営者のみがインドでビジネスを成功させることができると考えます。

私自身、インド人と3年以上働く中で、「インドを尊敬し、インドから学ぶ」という姿勢を最も大切にしてきました。その結果、たとえリモート環境であってもインド人のメンバーと強固な信頼関係を構築できているという手応えを感じます。繰り返しになりますが、リモートマネジメントを成功させるためには、前項までの細かいテクニックよりも、スタッフとの信頼関係が最も大切です。但し信頼関係を構築するための前提として、人間として信頼できるインド人スタッフを採用することも大切かと思います。

執筆者紹介About the writter

木内 達哉 | Tatsuya Kiuchi
東京大学経済学部卒。IT業界での営業職を経て、経営企画室にて予算管理や内部統制整備、法務コンプライアンス業務、また、財務経理部にて海外子会社の経理業務などを含む幅広い経営管理業務に約10年従事。2018年より南インドに移住し、インド会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。2022年7月に退職。

コロナ時代のインド進出戦略

I-49. リモートワーク時代のインド現地法人管理術

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