Indian Business with COVID-19

コロナ時代のインド進出戦略

I-50-1. インド・トライアル進出のすすめ:リスクを抑えたグローバル展開を

(文責:田中啓介 / Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)

序章:インド進出の二つのジレンマ

近年、世界経済の中心として台頭してきたインドは、多くの企業が新たなビジネスチャンスを見出して注目している国です。この巨大な市場の魅力は、急成長する中間層やデジタルトランスフォーメーションの加速など、ビジネスのフィールドとしての潜在的な可能性が豊富に秘められていることに起因します。さらに、インドの若い世代を中心に育つ高度な技術力と専門知識を持った人材は、グローバルスタンダードでの競争力を持っており、その能力は日本企業からも高く評価されています。

しかし、これらの魅力を最大限に活用しようとすると、企業は二つの大きなジレンマに直面します。第一のジレンマは、インド市場への進出に伴うリスクとコストです。文化やビジネス環境の違い、法的な制約や複雑な行政手続きなど、インド進出のハードルは決して低くはありません。そして、それに伴う初期投資の大きさや、事業展開の不確実性を考えると、多くの企業が躊躇してしまうのは当然の反応でしょう。

第二のジレンマは、インド人材の採用とその受け入れの課題です。インド人材のポテンシャルは高いが、その才能を最大限に発揮させるためには、日本側も適切な受け入れ体制を整える必要があります。言語の壁、文化の違い、働き方のギャップなど、多くの障壁が存在します。これらを乗り越え、真に価値ある協力関係を築くためには、相互の理解と努力が不可欠であると考えています。

本稿では、これらのジレンマを乗り越え、インドという巨大市場とその人材を最大限に活用するための新しいアプローチ、具体的には「越境テレワーク」の活用に焦点を当てて解説していきたいと思います。進出・採用の障壁を下げながら、インドの魅力を引き出す方法とはどのようなものか、具体的なステップとともに考察していきます。

第一部:なぜ今、インドなのか?

インド市場の急成長とビジネスチャンス

インドはその絶え間ない経済の成長と、14億人を超える人口を背景に、多くの国際企業が注目する市場となっています。特に、中間所得層の拡大は、様々な消費財やサービスへの需要の増加を引き起こしています。デジタルトランスフォーメーションの波もまた、インドの市場に新しいビジネスの機会をもたらしているのです(インドのデジタルトランスフォーメーションについてはこちらの記事をご高覧ください)。スマホ普及率の高さ、Eコマースの急拡大、デジタル決済の浸透など、デジタル技術を活用した新たなサービスが次々と登場し、その市場規模は日々拡大しています。

インドの人材:高いスキルセットとコストパフォーマンス

インドの教育制度は、特に工学や情報技術の分野で高度なスキルを持った人材を育成してきました。IT業界やエンジニアリングの分野での成功は、インド人材の高いスキルセットの証明となっています。加えて、インドの労働力は、そのコストパフォーマンスの面でも非常に魅力的です。年々人件費が上昇しているものの、人材層の厚いインドにおいて価格競争力の高い人材がまだまだ豊富におり、高度な技術力とリーズナブルな人件費のバランスは、グローバルでの競争優位性を持つでしょう。

日本とインド:相互補完する可能性

一方で、日本のビジネス環境は、成熟した市場と技術革新の精神が交錯する中で、新たなチャレンジを求めています。インドのダイナミックな市場とその人材の持つポテンシャルは、日本の技術やビジネスノウハウと組み合わせることで、新たな価値を生む可能性があると考えています。具体的には、日本の高度な製造技術や品質管理、クライアントのニーズをきめ細やかに汲み取る精細さと、インドのソフトウェア開発能力やマーケティングセンス・営業力、ゼロイチで立ち上げるスピード感が相互に補完し合い、双方の強みを活かしたビジネスモデルを構築することが期待されます。

結論として、インド市場の急成長とその人材の高いスキルセットは、現在のグローバルなビジネスの舞台で無視できない要素となっています。日本とインドが持つそれぞれの強みを組み合わせることで、新たなビジネスチャンスを最大限に引き出すことが可能となるのではないでしょうか。

第二部:インド進出の従来のアプローチとその課題

進出形態の選択肢とそのリスク

1. 現地法人(Private Limited Company)

企業がインド市場に本格的に参入する方法として、現地法人の設立は最も直接的なアプローチといえます。外資規制による制限がない限りにおいて、事業活動の範囲や資金調達、所得税率、税務リスク管理などの面においてこの方法が現地でのビジネス活動を自由に展開できる最良の選択肢です。しかし、設立に際して必要となる投資コストや現地の税制や労務管理、その他コンプライアンス遵守等の運用コストの大きさなど、中小企業にとっては多くの課題が存在します。

2. 支店(Branch Office)

支店設立は、母体となる企業の直轄下でインド市場に参入する方法です。現地法人と比べると、投資コストや運用コストは比較的抑えられますが、PE課税を中心とした税制上の取り扱いや、現地法人よりも高い所得税率、母体(一般的には日本本社)の英訳決算書のインド当局への提出義務、年間活動報告書(Annual Activity Certificate)のインド準備銀行RBIへの提出義務、また、日系企業が採用する進出形態としては一般的ではないことによる他社事例等情報収集が比較的難しいなど、注意を要するポイントが多い点は留意する必要があります。

3. 駐在員事務所(Liaison Office)

駐在員事務所は、情報収集や市場調査、ビジネスの初期段階での人的ネットワークの構築などを行う拠点として設けられるケースが一般的です。設立コストや運営コストは低めですが、支店と同様のコンプライアンスに加えて、営業活動が法的に制限されるという大きなデメリットがあります。

4. 長期出張

従来のビジネススタイルとして、長期出張による市場調査やパートナーシップの確立などが行われることも多いと思います。もっともコストを抑えた形でインドへの進出準備ができる一方で、日印租税条約に規定される短期滞在者免除ルールに基づき、課税期間(4月1日から翌年3月31日)においてインドに183日以上滞在をするとインドでの納税義務が発生すると同時に、この方法の場合には、インドルピー建口座を持つことができないため、ルピー建決済もインド国内の統合決済インターフェースUPIも利用できないため、インドでの生活の立ち上げや事業経費の精算などにおいて何かと不便です。また、それによる現地の文化やビジネス環境を深く理解することも難しいという間接的な課題にも直面すると思われます。

投資・運用コストとインド市場や人材に対する理解における課題

どの進出形態を選択するにしても、インド市場に進出する際のコストは無視できません。初期投資や運営コスト、そして予期せぬリスクによる損失など、企業にとって大きな負担となる可能性があるからです。そもそも、本格的に進出すべきタイミングかどうか、インド市場に自社のサービスや商品が受け入れられるかどうか、インド人材と一緒にうまく事業が立ち上げられそうかどうか、をじっくりと時間をかけて検証し、インドの市場と人材についての理解を深めるための調査・準備が極めて重要となります。

日本におけるインド人材の受け入れ体制の不備

もしインド人材を日本で採用することを検討する場合においても、日本企業が直面する大きな課題があります。言語の壁や文化的な違いはもちろんのこと、働き方のギャップや、何らかの事情でインドに帰国しなければならなくなった場合にどうするのかも含めて、インド人材の中長期的なキャリアプランを描いてあげることができない等、双方の間に存在する多くの障壁を乗り越えるための受け入れ体制が日本側にはまだ整っていないケースは多いと思います。これにより、インド人材の能力を十分に活かすことが難しくなってしまい、早期に離職してしまう結果となるのです。

総じて、インド進出の従来のアプローチは、多くの課題とともに新しい市場での成功を模索するものでした。しかしながら、新しい時代における働き方や海外進出方法に対応するための新しいアプローチが求められています。

第三部:新しい波、リモートワークの台頭

リモートワークが日本で注目される背景

リモートワークは、近年の日本における労働文化の中で大きな注目を浴びています。その背景には、テクノロジーの進化や新型コロナウイルスの影響、社会の変革、そして、時流にもとづく企業や政府の新たな取り組みがあります。

株式会社キャスターの上場

2023年8月、“リモートワークを当たり前にする”をミッションに掲げる株式会社キャスターが東証グロースに上場しました。これは、リモートワークの重要性や、それに対する市場のニーズの高まりを示しています。全国を対象にオンラインアシスタントサービス「CASTER BIZ(キャスタービズ)」などの人材事業を展開するキャスターの成功は、多くの企業や個人にリモートワークの可能性を改めて考えさせるきっかけにもなると感じています。

政府の後押しと多角的な視点

日本政府もリモートワークを積極的に推進しています。厚生労働省は「多様な働き方を実現」を目指し、経済産業省は「企業価値の向上」を、国土交通省は「都市部への過度の集中解消と地域活性化」を、総務省は「ICT活用による社会変革実現」といった視点から、リモートワークの普及とその長所を強調しています。

越境テレワーク:新たな働き方の形成

越境テレワークは、リモートワークが持つ国境を越えた可能性を最大限に活用する新しい働き方の形です。これにより、企業は現地の法律や文化の障壁を低減しつつ、インドやその他の国々の豊富な人材リソースを効果的に活用することができます。

越境テレワークの導入によって、企業はインド市場への進出やインド人材の採用を、より低いリスクとコストで試すことが可能となります。この新しいアプローチは、インドの市場や人材を深く理解し、それを基に戦略的な計画を立てるための重要なステップとしてデファクトスタンダートになっていくものと考えており、インド市場へのアクセスや人材の採用が、より柔軟で効果的に行える時代が到来していると言えるのではないでしょうか。

第四部:EORを活用したトライアル進出と、具体的なステップ

インド市場への進出やインド人材の採用は多くの機会を持ちつつも、その背後にはさまざまなリスクやコストが存在することは上述のとおりです。ここで注目されるのがEOR(Employer of Record)を活用した新しい形の進出や採用の方法です。この章では、EORのより具体的な活用方法とそのメリット、トライアル進出・トライアル雇用の具体的なアプローチについて詳しく解説していきます。

EOR(Employer of Record)の概要とメリット

EORを活用した越境テレワークとは、企業が自らの従業員として雇用せず、第三者の組織(=EOR)を通じて雇用する形態を指します。EORを利用することで、現地の法律や規制に詳しい現地の税務・労務等の専門家が、雇用に関連する手続きやリスクを一手に引き受ける形になります。(EORに関する仕組みや課税関係については下記の記事をご覧ください。)

EORのサービス導入の流れや仕組み・課税関係とは?
インドにおけるEOR導入とPE課税:リスクと対策

メリット:

コスト削減:現地法人や支店を設立する必要がなく、初期投資や運営コストを大幅に削減できます。
リスク軽減:現地の法律や規制に関するリスクをEORが管理し、企業はビジネスの核心部分に専念できます。
スピード:迅速に市場に参入や人材の採用が可能となります。
柔軟性:市場の変動やビジネスニーズに応じて柔軟に人員を調整することができます。

トライアル進出:リスクを抑えながらインド市場に足を踏み入れる

EORを活用することで、企業はインド市場への「トライアル進出」が可能となります。これにより、現地法人や支店を設立することなくインド人材や日本人を現地採用し、インド市場の特性やニーズを深く理解しつつ、大きなリスクやコストをかけることなく、市場に対するアプローチや戦略の検証をじっくりと行うことができます。

トライアル雇用:日本への移住前にインド人材のスキルを確認する

同様に、EORを通じてインド人材を「トライアル雇用」として採用することができます。これにより、インド人材が実際に日本へ移住する前にその人材のスキルや適性を確認することができます。また、このトライアル雇用期間を活用して、日本側で外国人材の受け入れ準備を進めることが可能となるのです。このアプローチは、後の移住や継続的な雇用において、よりスムーズな人材マネジメントを実現する助けとなります。

EORを活用した進出プロセスのステップバイステップガイド

1. ニーズ確認:インド市場への進出やインド人材の雇用に関する企業の具体的なニーズや目的を明確にします。
2. 人材採用:人材紹介会社を通じて、必要な候補者の選定を行います。
3. EOR選定:現地国の税務・労務の専門性とサービス内容などを考慮して、適切なEORを選定します。
4. 契約締結:EORとの間で詳細なサービス内容や費用、期間などに関する契約を締結します。
5. 業務開始:EORを通じてインド人材との雇用契約を締結し、業務を開始します。
6. フィードバック:トライアル期間を経て、実際の業務の進捗や人材のパフォーマンスを評価し、フィードバックを行います。
7. 本格進出の判断:トライアル期間の成果を基に、本格的な進出時期や人材の長期雇用の判断を行います。

結論:小さな成功で確信を、大きな成功で市場を

インドという巨大で多様性に富む市場への進出は、多くの企業にとって魅力的だが同時に難解な挑戦にもなり得ます。新しい市場、文化、そしてビジネス環境に適応することは容易なことではありません。しかしながら、EORを利用したトライアル進出・トライアル雇用のアプローチを通じて、企業はこの挑戦を効果的に乗り越える道を見出すことができると信じています。

トライアル進出・トライアル雇用の重要性

トライアル進出・トライアル雇用は、小さな投資でインド市場やインド人材の実力を試すことができる手法です。これにより、企業は無駄なリスクやコストを抑えつつ、新しい市場や人材に対する理解を深めることができます。そして、この初期の成功体験は企業の自信を育み、次なるステップへの確信をもたらすのです。

その後のスケーリング戦略

トライアル進出や雇用を通じて得られた知識や経験、そして小さな成功は、企業の戦略をスケーリングするための土台となります。小さな成功から得た学びや実績は、企業の戦略や方針の見直し、そして本格的なインド市場進出やインド人材の採用、チームの構築に役立てられます。

さいごに

EORを利用したトライアル進出・トライアル雇用は、インド市場への「最初の一歩」を踏み出すための最適な方法になり得ると考えています。そして、このトライアルを通じた小さな成果を土台として、企業はインド市場での大きな成功を手にするために、より確度の高い戦略と具体的なアクションに繋げていけるものと考えます。

執筆者紹介About the writter

田中 啓介 | Keisuke Tanaka
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。

コロナ時代のインド進出戦略

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I-49-1. インドにおけるリモートマネジメント術(ツール活用編)
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I-50-2. オンライン・クロスボーダーによるインド人材活用