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インド基礎概論

A-1-1 : インド現地法人の設立手続き:日系企業が直面する典型的課題とその対策FAQ

インド市場へ進出する企業にとって、現地法人の設立は重要な第一歩です。しかし、インド特有の制度や手続きの違いによって、想定外の問題が発生することも少なくありません。本記事では、インドでの現地法人の設立手続きに関してよくいただくご質問や事前に知っておいた方が良い点について、実務的な視点から具体的な対策を解説いたします。

インドで現地法人を設立するための基本的な手順は?

インドで現地法人を設立するには、大きく3つのフェーズに分けて考えることができます。つまり、(1)準備フェーズ、(2)登記申請フェーズ、(3)法人設立登記後の立ち上げフェーズの3つです。

まず、準備フェーズではデジタル署名(DSC : Digital Signiture Certificate)の取得及び商号名の決定や取締役の選定、登記住所(もしくは少なくとも進出先州)の選定とともに、登記に必要な書類(特に翻訳が求められる登記簿謄本などの書類)やその他申請書類一式のドラフト版を事前に準備します。
その後、登記申請フェーズでは承認された商号名に基づく書類の最終化と各種署名・捺印・アポスティーユ認証等の手続きを行い、現地法人設立のための登記申請を行い、現地法人の設立登記証明書(COI : Certificate of Incrporation)を取得します。
登記後の立ち上げフェーズでは取締役会の開催や銀行口座の開設、インド準備銀行RBIへの株式割当の報告(FCGPR)、GST登録、輸出入コード(必要な場合のみ)などの取得などが必要になり、従業員の雇用に向けた準備も進めることになります。

インドのオンライン申請システムは不安定なことがあり、予期せぬ遅延が発生することもあるため、余裕を持ったスケジュール設定が重要です(例えば、インド企業省の登記局MCAポータルサイトを通じて登記費用を支払う際、申請システムが不安定な上に、金融機関ごとに支払手続きの成功確率が記載されており頻繁にエラーが発生するのですが、一度エラーになると4時間申請ができなくなる、という不可解な仕様となっております)。なお、現地法人を設立することで、柔軟な取引スキームの構築や事業のスケールアップが可能となる一方、設立手続きや立ち上げ準備・運営にはコストと時間がかかるため、慎重に計画を立てる必要があります。

※法人設立の手続きの流れは「A-1. インド現地法人の設立手続について」の記事をご参照ください。

希望通りの商号名に登録するコツは?

インドで会社を設立する際の商号名(会社名)は、インド企業省(MCA : Ministry of Corporate Affairs)の管轄のもとで事前審査を受ける必要があります。申請にあたり、以下のような条件に該当する場合、商号名が否認される可能性があるため注意が必要です。

  • 商号名に会社の事業を総称する単語が含まれていない
  • 商号名が会社の事業内容と大きく乖離している
  • 既にインドで類似商号名の法人が登記されている
  • 既にインドで商標登録されている言葉を含んでいる
  • インドの政府機関を想起させる商号名になっている
  • 一般的に使用される単語のみで構成されている

これらに該当しない限り、商号名が承認される可能性は高くなります。特定の商号名に固執をしてしまうと現地法人設立手続きが長期化してしまう可能性が高いため、申請をスムーズに進めるためには、事前に十分な調査を行い、第6候補まで商号名候補を十分に洗い出しておき、より確度の高い商号名候補を採用することが重要です。また、一旦否認された場合でも、スペースを削除して造語化する、ハイフンで単語を繋げるなど、軽微な修正によって再申請が承認されたケースも過去にございます。

商号名の申請は、1回につき2つの候補名を提出でき、初回申請で承認されなかった場合は、原則、最大2回まで再申請が可能です。ただし、最近では再申請が1回に制限されるケースも発生しているため、慎重に選定する必要があります。万が一、3回の申請内で希望する商号名が承認されなかった場合には、例外的に別途手数料を支払うことで新たに2つの候補を用意して再度申請を行うことは可能です。承認された場合、予約された商号名は申請日から20日間有効です。なお、一定の手数料を支払うことで商号名の有効期限を最大60日間まで延長することが可能です。

資本金の適正額と送金時の注意点は?

【資本金の適正額設定】

適切な資本金の確保は、事業開始後の資金不足を防ぎ、安定した運営を実現するために不可欠です。現地法人設立時には授権資本金額(Authorized Capital)と払込資本金額(Paid-up Capital)を決定し、登記手続き完了後予め決定していた金額を払込資本金として送金する必要があります。そのため、オフィス賃貸費用、人件費、設備投資、経理や監査等の外注費用、許認可取得費用などの初期コストや、会社設立から売掛金の回収ができるまでの期間においてどの程度の運転資金が必要になるか、また、当初の予定どおりに利益が出ない最悪のケースも考慮し、余裕を持った資本金を予め設定することが重要です。

授権資本は定款に記載されることとなりますが、当該授権資本金額を上限に、当初払込資本金を設定し、当面の運営資金として活用します。払込資本金を最小限に抑える企業もありますが、この場合、設立直後に資金不足となり、親子ローン(ECBローン)や増資が必要になることがあります。こうした資金調達はその手続きや書類準備に時間がかかるため、申請から実際に資金を利用できるようになるまで2~3か月以上を要する可能性があります。さらに、株式等の電子化義務の影響により、増資手続きが複雑になる可能性もあるため、設立当初からある程度の期間運営可能な十分な資本金を確保しておくことが望ましいです。

ただし、会社登記局(ROC:Resister of Companies)への登録料は授権資本に応じて決定されるゆえ、授権資本額を過度に大きく設定すると登録料が増加するため、コスト面でのバランスを考慮した上で、適切な授権資本額を設定する必要がある点、ご留意ください。

【インドへの送金時の注意点】

インドの銀行への送金は、海外送金時に送金元および送金先の金融機関においてそれぞれ手数料が発生するため、実際の着金額が想定より少なくなる可能性があります。例えば、登記時に設定した払込資本金が100万ルピーの場合でも、送金手数料が控除された結果99.9万ルピーしか着金しないといったケースが起こり得ます。この場合、資本金不足と判断されて差額の追加送金が必要となり、手間や時間のロスが発生します(逆に、誤って送金超過が発生した場合は差額を要返金)。また、送金目的を正しく記載しておかなければインド側の銀行が資本金の送金として認識をしてくれない可能性もあります。このようなリスクを避けるためには、送金元の金融機関窓口にて、送金手数料や送金目的など、海外送金手続きにおける必要な情報を十分に確認をした上で手続きを進めるようにしてください。また、昨今はWISEなどの海外送金サービスなどがありますが、例えばWISEの場合はその仕組み上、インド側の金融機関ではインド国外からの海外送金と見做されず、インド準備銀行RBIへの資本金報告義務において必要となるFIRC(Foreign Inward Remittance Certificate)が発行できなくなるなどの支障が出るため、金融機関窓口にて正規の海外送金手続きを実施していただく必要があります。なお、授権資本金額の具体的な登記費用については、インド企業省のMCAポータルにて試算・シミュレーションができるようになっています。

※増資については「A-1-3: インドにおける非公開会社の増資手続きについて」の記事をご参照ください。

オフィスを選定する時期と登記住所を決定するタイミングは?

インドで現地法人を設立する際には、法人設立登記時に会社の所在地を登録する必要があります。しかし、現地法人をインドで初めて設立する日本企業にとって、設立前にオフィスの確保が難しい場合もあるため、事前にどのような方法があるのかを知っておくことが重要です。

多くの日本企業が採用している一般的な方法は、法人設立の初期段階で進出先の州のみ決定をしておき、いったん仮住所を使用して登記申請をし、設立登記完了後に正式なオフィス住所に変更する方法です。このプロセスでは、法人設立登記が完了した後、30日以内に住所変更を行う必要があります。そのため、事前にオフィスオーナーと協議、契約書類等の準備を進め、法人設立登記完了時に速やかに契約締結ができるよう準備しておくことが重要です。このようにして、スムーズな運営移行を図ることができます。

もしくは、日本法人が代わりに契約主体となって登記住所を確保し、インド現地法人が設立でき次第、契約の名義変更を行うケースもあります。この場合、日本法人が当初支払ったセキュリティデポジットに関する取り扱いや、契約の名義変更を行う旨の事前合意などを取り付けておく形です。また、会計事務所や法律事務所、パートナー企業などの住所を仮登記用住所として利用するケースもありますが、この場合は各企業のオフィス形態がコワーキングスペースの場合や、オーナーとの賃貸借契約においてサブリースが禁止されているケースもありますので事前にご相談されることをおすすめいたします。

法人設立後の住所変更には、INC-22フォームを使用して正式な住所に更新する必要があります。このプロセスには、賃貸契約書や取締役がオフィスで撮影した写真の提出が必要となるため、これらの書類・写真データも事前に準備しておくことが望ましいです。これにより、法的要件を確実に満たしつつ、効率的に業務を進めることができます。

事業運営をスムーズに進めるためにも、早い段階でオフィス所在地の選定を行い、法人設立後のGST登録や各種コンプライアンス対応を円滑に進められるように多少のオフィス賃料が追加で発生したとしても賃貸契約の準備・締結を事前に整えておくことが重要です。

銀行口座開設はどの銀行で行うのが良いか?

日系企業がインド現地法人の事業運営を行っていく上で、設立後に発生する海外送金による資本金の受け取りや、株式割当にかかる報告義務、また、親会社やグループ会社との国際取引が比較的多いことなどを考慮すると、日系メガバンクの銀行口座を開設することを強く推奨しています。事実、

多くの日系企業は、初めに日系メガバンクで口座を開設し、その後、事業の拡大に伴ってインド地場の銀行口座を開設することが一般的です。スムーズな口座開設を実現するためには、事前に銀行担当者と相談を行い、会計事務所や法律事務所などとも密に連携をしながら必要な書類を準備することが推奨されます。

また、銀行ごとに取締役会決議や申請資料のフォーマットが異なるため、口座開設を希望する銀行が決まったら、まずはその銀行から必要なフォーマットを入手することが重要です。その後、当該フォーマットに基づき取締役会の資料に反映をし、決済限度額や署名権限者の決定などの細かな点を検討し、速やかに意思決定していく必要があります。

なお、2024年以降、外国企業の銀行口座開設に関する要件が一部変更され、インド国内主要メガバンク(HDFC、ICICI、SBIなど)での手続きがより迅速になりました。ただし、KYC(Know Your Customer= 本人確認)の審査が厳格化されており、取締役のPAN(Permanent Account Number = 税務基本番号)やアーダール(Aadhaar= インド版マイナンバー)登録、オフィスの住所証明書が求められることが増えています。

日系メガバンクの口座のみで事業を運営することも可能ですが、インド国内での決済種別ごと(従業員の給与支払や税金の納付など)の管理や一定の利便性、金利条件などを考慮し、インド国内主要メガバンクの口座を追加で開設する企業も多く見られます。

まとめ

インドで現地法人の設立手続きをスムーズに進めるには、商号名の事前承認の際の注意点、資本金設定と海外送金手続きの確認(手数料や送金目的など)、登記住所の計画的選定、銀行口座開設などのポイントを事前に把握し、余裕をもった計画を立てることが重要です。現地制度に詳しい専門家と連携し、インド特有の課題を乗り越え、円滑な事業開始を目指しましょう。

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執筆者紹介About the writter

日下 夏海 | Natsumi Kusaka
日本にて店舗運営に従事した後、インドに渡航。現地では、映像制作およびビジネス関連プロジェクトにおけるコーディネーターとして、通訳、撮影調整、行政手続き対応など多岐にわたる実務を担当。のちに日系電子機器メーカーの現地法人にて、南アジア市場を対象としたマーケティング業務に従事。現在は法務コンサルタントとして、会社設立、コンプライアンス体制の構築等を通じ、日系企業のインド進出を実務面から支援。経営視点の深化を図るべく、MBA課程に在籍中。

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