A-1-5:進出前におさえておきたいインド外資規制と参入障壁について
(文責:砂本順子 / Senior Manager, Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)
はじめに:成長市場インド、しかし外資規制には要注意
インドは人口14億人を超え、若年層が多く、今後も経済成長が期待される巨大市場です。中でも外国直接投資(FDI)を積極的に受け入れ、製造業強化を掲げる「Make in India」や、ビジネス環境の改善を目指してきました。日系企業の間でも、販売・製造拠点の展開を図る動きが活発化しています。
しかし、インドは外資導入に積極的な一方で、国益保護や国内産業保護の観点から一定の分野では厳格な外資規制を設けており、進出に際しては事前にこれらの規制を十分に理解する必要があります。
本稿では、ビジネスパーソン向けにインドの外資規制の基本構造から、業種別の制限、実務上の留意点までをわかりやすく整理し、インド進出を検討するうえでの実務的な知識をご提供します。
インド外資規制の概要:FDIと関連法令
FDI(外国直接投資)とは?
FDI(Foreign Direct Investment)とは、外国企業や個人がインド国内の企業に資本参加することを指します。単なる株式投資にとどまらず、経営権の取得や自社拠点として新規事業の立ち上げを含む、広義の概念です。インド政府はFDIを経済成長の重要な推進力と位置づけ、積極的な誘致政策を展開しています。
インドの外資規制は、以下の法令・制度・管轄官庁の方針を基盤としています。
・FEMA(Foreign Exchange Management Act, 1999)
外貨取引・海外からの資本流入に関する基本的なルールを定める法律です。インド国内外で
行われる資金移動や投資行為は、FEMAに基づき規制されています。
・RBI(インド準備銀行)による通達・指針
インドの中央銀行であるRBI(Reserve Bank of India)は、FEMAに基づいて、外資導入およ
び為替取引に関する具体的な手続きや規則を「通達(Circular)」や「指針(Directions)」
という形で発表しています。これらが、実務上遵守すべき詳細な運用ルールとなります。
・DPIIT(Department for Promotion of Industry and Internal Trade)
産業政策の策定とFDI政策の管理・推進を担う中央省庁です。外資受入れに関する基本方針
や枠組みを策定し、必要に応じて規制緩和や新方針(Press Note)を発表します。
加えて、インド政府はFDI規制の一元的な整理を目的として、Consolidated FDI Policy 2020(FDI政策統合版2020年)を公表しています。この文書は、FDIに関する過去の政策・通達を統合し、最新の規制体系を体系的にまとめたものです。現行のFDIに関する基本的なルールを確認する際は、このConsolidated FDI PolicyとDPIITの最新のPress Note、そしてRBIによる通達・指針の組み合わせを参照することが重要です。
これらの規制・指針は、インド政府の経済政策や国際情勢に応じて随時更新されており、特に中国を含む周辺国からの投資規制(2020年のPress Note 3)など、近年大きな変更も行われています。
投資ルートの分類:自動認可ルートと政府認可ルート
インドでは、外国からの投資(FDI)を受け入れる際に、対象となるビジネス分野や投資形態に応じて、必要な手続きが大きく2つのルートに分類されています。これが「自動認可ルート(Automatic Route)」と「政府認可ルート(Government Route)」です。
・自動認可ルート(Automatic Route)
自動認可ルートとは、事前にインド政府の承認を得ることなく、外国企業や個人がインド内国法人に投資ができる仕組みです。投資の実行後に、一定の期限内で必要な報告手続きを行えば足りるため、迅速かつシンプルに進出できるメリットがあります。対象となる分野では、外資による株式取得や資本参加は比較的自由に認められています。たとえば、製造業やサービス業(IT、教育、医療など)では、100%外資も許可されており、多くの業種でこのルートが適用されています。
【ポイント】
- ・政府の事前承認不要
- ・投資後、RBI(インド中央銀行)への報告が必要(例:FC-GPR提出)
- ・手続きが比較的迅速
・政府認可ルート(Government Route)
一方、政府認可ルートとは、投資を行う前に、所管官庁または特別委員会(FIFP:Foreign Investment Facilitation Portal)を通じて、インド政府の事前承認を取得する必要があるルートです。国家安全保障、戦略的産業、文化・メディア関連など、インド政府が特に重要視する分野については、外国からの投資が国家利益に適合するかどうかを事前に審査する仕組みが設けられています。防衛製造、印刷・出版、通信基幹事業、民間航空分野(一定以上の出資比率)などが代表例です。また、2020年以降は、中国など「周辺国」からの投資についても、すべてこの政府認可ルートを通ることが義務付けられました。
【ポイント】
- ・投資前にインド政府の承認が必須
- ・所管官庁(例:防衛省、情報通信省など)による審査
- ・承認には通常6~8週間程度(案件によってはさらに長期化も)
ルート選択の実務上の留意点
自動認可ルートに該当する場合でも、投資後の報告義務(例:資本参加に関するRBIへの届出)を怠ると、後々問題になるため注意が必要です。また、政府認可ルートに該当するかどうかの判断は、対象事業の内容や投資スキームによって微妙に変わることもあるため、事前に専門家に確認することが推奨されます。特に、出資比率が一定の閾値(例えば49%)を超える場合には、自動ルートから政府認可ルートへ切り替わるケースもあるため、単に業種分類だけでなく、出資内容・条件にも注意を払う必要があります。
インドの業種別外資規制と進出障壁
インドでは、国家安全保障や公共利益を理由に、特定業種において外資出資比率の上限を設けています。主な規制業種は以下の通りです。
業種 | FDI上限 承認ルート | 主なポイント |
防衛製造業 | 74% 自動ルート | 新規産業ライセンス取得企業に適用。74%超は政府承認が必要。 |
保険業(生命・損害) | 100% 自動認可ルート | 保険規制開発庁IRDAのライセンス取得および1938年保険法の遵守が条件(2025年インド連邦予算案にて出資比率上限74%から100%に引き上げ) |
小売業(単一ブランド) | 100% 自動認可ルート | 国内調達要件:外国出資比率が51%以上の場合、製品価値の少なくとも30%をインド国内の中小企業や職人から調達する必要あり。 |
通信業(基礎通信) | 49%超 政府認可ルート
49%以下 自動認可ルート |
固定電話、携帯電話、関連付加サービス等への外資出資は100%まで可能だが、49%超は政府認可要。 |
印刷・出版(新聞等) | 26% 政府認可ルート | 科学技術関連の雑誌・専門誌・定期刊行物や、外国新聞のファクシミリ版の出版については最大100% 政府認可ルートで認められている。 |
宇宙産業 | 100% 自動認可ルート | 衛星製造・運用などは74%まで自動認可ルート、74%超は政府承認が必要。打ち上げ関連は49%まで自動ルート、49%超は政府承認。衛星、地上セグメント、ユーザーセグメント向けのコンポーネントおよびシステムの製造は、100% 自動認可ルート。 |
銀行(民間) | 49%超74%以下 政府認可ルート
49%以下 自動認可ルート |
外国銀行の100%子会社の場合を除き、払込資本の少なくとも26%は常時、居住者による保有が必要。 |
特に注目される規制業種
たとえば防衛分野では、74%までは自動認可ルートでの出資が認められましたが、国防に関わるため、超過する場合は政府の慎重な審査が求められます。また、デジタルメディアやeコマース関連ビジネスにも独自の規制が存在し、特にB2C(Business to Consumer)直接販売モデルには制限がかかる点も注意が必要です。
周辺国からの投資に対する追加規制(Press Note 3 of 2020)
2020年、インド政府は新たな規制を導入しました。中国、パキスタン、バングラデシュなどインド周辺国からの投資については、すべて政府認可ルートとすることが義務付けられています。これにより、日本企業であっても、例えば親会社や株主に中国企業が含まれている場合、特別な手続きが求められるケースがあります。
3.実務で注意すべきポイント
進出形態の選択
インドに進出する際の進出形態には、現地法人設立、支店(Branch Office)、駐在員事務所(Liaison Office)など複数の形態があります。事業の性質やFDI規制に基づいて適切な進出形態を選ぶことが重要です。
事前認可プロセスと所要期間
政府認可ルートに該当する場合、その事前認可プロセスに通常6~8週間程度の所要期間を見込む必要があります。最近ではオンライン申請プラットフォーム(FIFP)導入により一定の迅速化が図られていますが、業種や案件の個別事情によってはそれを大幅に超過するケースも散見されるため、十分に余裕を持ったスケジュールを見込んでおくことをお勧めいたします。
為替管理
投資時の株式割当や株式譲渡、利益償還時などに、RBI(中央銀行)への報告義務が課されます。例えば、初回投資後30日以内のFC-GPR(株式割当報告)、株式譲渡時のFC-TRS(株式譲渡報告)などがこれに該当します。
関連登録・コンプライアンス
会社設立後は、ROC(Company Registrar)への各種決議事項の登記、GST登録、RBIへの年次報告など、多数のコンプライアンス義務も発生します。これらの法令遵守を怠ると罰金やペナルティの対象となるため、専門家のサポートを受けることが推奨されます。
当社でも会社設立後のコンプライアンスに関するサポートを行っています。お気軽にご相談ください。
最近のFDI政策動向
インド政府は「Make in India」政策のもと、製造業・EV産業・半導体など特定分野への外資誘致を強化しています。また、生命・損害保険業界の外資規制については74%から100%へ緩和され、外資企業の経営参加が容易になりました。製造業振興策としてのPLIスキーム(生産連動型奨励策)は産業別に定期的に発表がされており直近では2025年9月に白物家電分野における第4次PLIスキームの募集を開始するなど、製造業への補助金・税優遇制度も充実しています。
一方で、国防・サイバーセキュリティ・デジタルメディアなど、国家安全保障に関わる分野への外資には慎重な姿勢を崩していません。また、外資規制以外の非関税障壁であるBIS規制や輸入ライセンスなどが強化されている業界・商材もあるため、業種選定と関係省庁との事前確認が今後も重要です。
※インド政府の政策については「インド予算案に見え隠れするモディ政権のしたたかな戦略とは?」の記事もご参照ください。
今後の展望とまとめ
インドの外資規制は、国家戦略に応じて今後も変動が予想されます。特に、製造業・インフラ・グリーンエネルギー分野ではさらなる自由化が期待される一方、安全保障関連セクターでは引き続き厳格な管理が続く見通しです。
進出を検討する日本企業にとっては、「拡大する市場」というチャンスと、「複雑な制度運用」というリスクが常に共存している状況です。したがって、現地制度のアップデートに常に目を光らせ、適切なパートナー選びと、専門家のアドバイスを受ける体制構築が不可欠です。
インド市場の持つダイナミズムを活かすために、正しい情報と準備で第一歩を踏み出しましょう。
当社では、インド進出形態やビジネススキームに関するご相談をお受けしております。お気軽にお問い合わせください。
補足:ダウンストリーム投資の規制強化について
ダウンストリーム投資とは、外国資本が入ったインド法人(FOCC: Foreign Owned and Controlled Company)が、さらに別のインド法人へ投資を行うことを指し、間接的FDIとして扱われます。
2025年の規制改正により、FOCCによるダウンストリーム投資は直接FDIと同様に、セクター別上限、エントリールート(自動承認・政府承認)、価格ガイドライン、報告義務(Form DIの30日以内提出)などの規制を遵守する必要が明確化されました。
また、資金源は国内借入を用いず、国外資金や内部留保に限定されています。さらに政府は、FOCC概念を拡張した「FOCE(Foreign Owned and Controlled Entity)」の導入を検討しており、間接的な所有・支配や社内再編、株式譲渡まで規制対象を広げる方向性です。これにより、外国企業による投資や再編には一層厳格なコンプライアンス対応が求められることとなる可能性がありますので、今後の規制動向にはご留意ください。
インド進出支援ちゃんねる【田中 啓介 / Global Japan】
チャンネル登録はこちら
執筆者紹介About the writter

日本で貿易会社(輸出)を起業し、14年間会社経営に携わる。輸出商材は建機、自動車・トラック、工作機械を主とし、その他医療器械・ヘルスケア用品・化粧品など、輸出先は65か国。2012年にインド(チェンナイ)にて日印企業間B2B支援の会社を起業。2015年から大手日系製造企業数社での勤務を経て2024年よりGJCに参画。