H-44. 単一ブランドによる小売取引(ユニクロの進出事例)
(文責:吉盛真一郎 / Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)
1.外国直接投資(FDI)の規制緩和の流れ
インドでは2006年に単一ブランドによる小売業(Single Brand Retail Trade: SBRT)に対する外国直接投資 (Foreign Direct Investment : FDI ) の参入が制限付きで認められるようになりました。
2018年には外資比率100%の参入が政府の自動承認ルートで可能となり、2019年4月までにSBRTの分野で約1,636百万米ドルの外国投資が行われてきました。
外資比率が51%を超える場合、その企業の小売にかかる調達金額の30%をインド国内で調達する必要があり、特に中小零細企業(MSMEs)や、農村などからの調達が商工省のガイドラインでも推奨されています。なお同調達率30%の達成は、最初の店舗が開業した年度から5年間の調達率の平均をもってその成否が判断され、この計算には、その当該企業のインド国外グループの同一事業のためにインドの調達先から輸出されたものも含めることができます。
ただし5年経過後は、インド国内での調達金額のみで毎年その率を達成していく必要があります。また、「最新・最先端の技術が駆使された製品」を取り扱うSBRTについて、現地調達がそもそも不可能な場合は、開業より3年間は同調達率の規定の対象外となります。
さらに2019年8月の規制緩和では、SBRTのeコマースについて、その開始から2年以内に実店舗を開業することを条件に、実店舗なしでも展開できるようになるなど、ビジネス環境が変わり始めています。
そもそも、SBRTにおける外国投資を受け入れる国の意図とは、対象市場における消費者の選択を増やし、その調達先の国内企業・団体を活性化させ、国内競合他社が世界水準のデザインや技術、管理方法を学び取り入れていくことによって、市場全体の競争力を高めることにあります。インドは当規制緩和を推し進めることで、外資企業と国内小売業・製造業の相互発展を期待していると言えます。
2019年10月、日本アパレル最大手かつ世界第3位の売上を誇るファーストリテイリング社がインドでユニクロの初出店を果たしました。単一ブランドのアパレルとしては、世界首位のZARAブランドを擁するインディテックス社(スペイン)、第2位のH&M(スウェーデン)がすでに進出しています。
ユニクロを含めたこれら大手に共通するビジネスモデルは、インドに限らず各進出国で、SPA (Speciality Store Retailer of Private Label Apparel: 製造小売) とよばれる、商品企画から素材調達、協力工場での製造、自社販売までの機能を垂直統合したものです。
SPAにもいくつか形態があり、H&Mは世界で自社工場を全く持たずに製造を外部に委託し、ユニクロも製造のほとんどを自社の強力なコントロールの下にある契約工場に委託 しています。一方、ZARAはもともと縫製工場から出発した会社ということもあり、現在も世界の約半分の製造を自社工 場にて行っています。
いずれにせよこのSPAは、国内調達率が規定されているインドにおいて、発展の可能性が高いビジネスモデルと言えます。
2.ユニクロの誕生から世界戦略に至るまで
山口県宇部市の個人商店「メンズショップ小郡商事」は、1963年に法人化し、1984年に「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」の第1号店を広島市内に出しました。その会社は1994年の広島証券取引所への上場を果たし、四半世紀を経た2020年現在、日本の上場企業売上高上位100社中、過去30年間で最も高い伸び率を達成した企業となりました。ユニクロの名を冠するファーストリテイリング社です。
2003年に出版された現会長兼社長の著書「一勝九敗」(新潮文庫)では、当時2,000億円弱であった売上を2010年までに1兆円までもっていくという壮大な目標が、強い意志とともに語られていますが、2018年にはなんとその倍の2兆円突破を達成しています。それは同社の海外事業の売上が初めて国内を上回った年でもありました。
驚異的な業績拡大を続けてきたその道のりは、決して順風満帆なものではありませんでした。それどころか、「夥しい数の死なない程度の失敗」によって生み出された進化や変異の繰り返しの上にそれは成り立っているといえます。「UNIQLO」という気の利いた英語表記すらも、「UNICLO」であった時代に香港での合弁会社の登記で犯したとんでもない誤記を社長が気に入ってしまったことで始まったほどです。
大々的に立ち上げた「スポクロ」や「ファミクロ」事業の業績目標未達による1年足らずでの完全撤退、「ユニバレ(誰もが着ている同社の服を着ていることをあまり人に知られたくないという消費者心理)」や「ファーストクロージング(事業を見限って撤退するまでが迅速である様)」などの俗語も生まれた2000年前半のユニクロブームの終焉期も経験してきました。
2020年8月時点で1,439店舗にも上る海外展開ですが、2001年の初海外進出先であったロンドンでは「3年間で50店舗」の目標を掲げるも、21店舗まで拡大後に業績不振で16店舗を閉鎖するなど大苦戦を強いられました。
しかし、ユニクロが提唱し続けた「カジュアル・ベーシック」あるいは「ライフウェア」の概念は、個性的な服、高級ブランドの服、著名デザイナーが手掛ける服を着ることに人が個性や差異を求めていた時代をついに終わらせ、機能的で着心地もよくデザイン的にも配慮されかつ値も張らない服を着ることで、服だけではない生活全体のおしゃれつまり「ていねいなくらし」に人の個性を見出そうという価値観を生み出しました。だからこそ、現在も高品質なカジュアル・ベーシック衣料を安価で大量に消費者に届けるユニクロは、日本と海外でその躍進を続けているのです。
3.ユニクロのインド戦略と今後期待される展開
インドでは、2010年に開業し現在22店舗を展開するZARAが、2019年度の最終利益が前年度比13%減となるなど、進出済の数々の世界ブランドとの競争の中で、一つのブランドが開業当初ほどの話題性と需要を維持していくことは困難になってきています。
ユニクロも2019年にデリーでの第1号店開業以来、周辺地域に大型店3店舗、中型店1店舗を続々と出店してきましたが、日本において、既存の流通システムに無駄を抱えていた競合他社に対してユニクロに競争優位をもたらしたSPAモデルも、インドを含め同様の業態が競争し合っている海外では強みを生み出しにくく、さらに同社の中国での大量生産という特徴も、 関税や物流の問題があるため、インドでは日本と同じような優位性がもたらされるとは言えません。
現在、ユニクロのインドへの製品輸入は中国、ベトナム、バングラデシュが中心です。第1章 外国直接投資の規制緩和 で述べた、インド国内調達率の早期達成が求められることもあり、2019年の第1号店開業の3年前にはすでにバンガロールにて委託先の協力工場が建設され、他の海外拠点同様、自社の生産事務所が設けられ、常駐担当者による品質の徹底管理が行われています。将来的には直営工場の設置も視野に入れています。
初出店に合わせて、インドの著名デザイナーとの協業でクルタという伝統的服装をモチーフにした独自の品揃えを用意したほか、Uniqlo in My Hub”という15人のインド専門家を擁して、地域コミュニティとの共同プロジェクトも開始しました。2020年10月には、独自のポータルによるオンライン注文配送サービスを開始するとの発表がなされました。
品質に裏打ちされた「ていねいなくらし」の価値観をインドでも提唱していくであろうユニクロと、「売り切れ御免」の多品種少量生産販売を最短のリードタイムで実現していくZARA、そして「コスト・リーダーシップ戦略」に基づき、自社工場はもとより委託先に対する自前の生産管理システムすら省くことで、徹底的に低価格化をはかるH&M、いずれも「ファストファッション」という言葉を生んだアパレル革命の担い手たちですが、インドでその真価が問われるのは、デリーをはじめとした国内主要8都市を越えた、Tier-2, and Tier-3 とよばれる中小都市への事業拡大を行った時でしょう。
2025年までには国内消費の45%を占めるだろうといわれるそれらの地域で、インド版「ファストファッション」の波を、一体どのブランドがつくることができるのか、興味は尽きません。
データ参照元
https://pib.gov.in/newsite/PrintRelease.aspx?relid=192173
https://taxguru.in/rbi/single-brand-retail-trading-sbrt-regime-simplified.html
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00228/010800001/
https://news.livedoor.com/article/detail/17018072/
https://voguegirl.jp/tags/brand/uniqlo/
https://www.livemint.com/industry/retail/uniqlo-begins-online-delivery-in-india-11603780365874.html
https://www.voguebusiness.com/consumers/uniqlo-fast-retailing-wants-to-make-india-its-top-market
https://www.u-bunkyo.ac.jp/center/library/image/ba2008_067-081.pdf
執筆者紹介About the writter
慶応義塾大学経済学部卒。日本・香港・スリランカ・インドにて、日系企業の経理・財務・総務業務に約14年従事。スリランカにてCSR業務から派生したソーシャルビジネスの起業実績もあり、経営者として管理業務実績を数多く積んでいる。2019年よりバンガロールを中心とした南アジアに強い会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。
取引スキームや進出事例
H-41 : インドにおけるサービスおよび物品の輸入取引
H-42 : インドにおけるサービスの輸出取引
H-43 : インドにおける代理人PEと課税リスク
H-44. 単一ブランドによる小売取引(ユニクロの進出事例)
H-45 : フランチャイズ契約による小売取引(セブンイレブンの進出事例)
H-46 : NBFCライセンス取得に基づく金融取引(クレディセゾンの進出事例)
H-47 : インド国内外における物品販売スキーム事例
H-48 : インドの保税施設および保税制度について